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感情にまかせて「自衛隊は軍隊だ!」と批判される方がいらっしゃいます。これは明らかな間違いです。米国はもちろんのこと、中華人民共和国や大韓民国を始め、正規軍を擁している国で、自衛隊を「軍隊」と見做している国はひとつもありません。寧ろ、こうした根拠のない暴言が拡散することを周辺国は危惧していると云って良いでしょう。一方では、「自衛隊を自衛軍にすべきだ!」と叫ぶ方もいらっしゃいます。軍事のグの字も知らずに主張されても、当の自衛隊の方が困惑してしまうでしょう。

 

幸運なことにも我が国には軍事のプロフェッショナルがいません。政治家は言わずもがな(軍事オタクはいますが)、統合幕僚長でさえ実戦経験がない以上、セミプロの域を出ません。それは誰よりも自衛隊の制服組が一番良く知っています。かく云う私も軍事専門家ではありません。しかしながら米海軍や在日米軍、陸上自衛隊等を取材した経験から、多少は「軍隊とは何か?」をこの目で見聞して来ました。

統合幕僚長は、有事の際には防衛大臣を補佐し、フォースユーザー(事態対処責任者)として指揮命令を行います。陸海空自の幕僚長は作戦行動を立案する任を負っていますが、戦時においては8割方、予想外の事態が生じます。それが戦争というものです。よっていかにスキームが優れていようが、合同演習等でシミュレーションを繰り返そうが、実戦における勘がなければ殆どの場合、文字通りの机上の空論となります。

 

「矛」と「盾」と云いますが、基本中の基本として「攻撃」と「防御」の双方を担う戦力を備えていなければ「軍隊」は成立しません。よって、専守防衛を基本理念に掲げる自衛隊は、警察予備隊の創設以来、「防衛」のみに特化した世界的にも特異な組織であり、自民党の憲法改正案が提案する「自衛軍」ではあり得ません(但し、この「専守防衛」という文言を国会答弁で初めて用いたのは田中角栄首相で、法的な規制はなく、あくまでも政策に過ぎません)。この点を押さえておかなければ我が国の戦争に対する基本理念を定めた憲法第九条を論じることはもちろん、激動する国際情勢の変化を正確に見極めることも出来ません。

 

「理屈はそうかも知れないが、その気になれば自衛隊はすぐにでも攻撃能力を持てるだろう」と、仰る方がいらっしゃいます。これも軍事のイロハをご存じない方によくある反応です。「軍事」と「経済」を切り離して考える、「軍隊」を保有しない国ならではの安易な発想と云えるでしょう。

  我が国の防衛予算(軍事予算ではありません)53133億円(2020年度)にも上っています。しかしながら、そのすべてが「防衛」に資する装備、資材、人材、訓練に費やすことを前提に策定されています。これを他国と比しても遜色のない最新鋭の「攻撃力」を備えた組織へと再編成するとなれば、少なく見積もっても100兆円規模の財源が必要となります(基地の改修費用等を加えればさらに数字は跳ね上がります)。これにメンテナンス費用として毎年数10兆円が上乗せされるため、我が国の国家予算を遙かに上回る金額となります。小学生でもわかるように、すでに債務超過に陥っている我が国が「攻撃力」(敵地攻撃能力もこれに含まれます)を備えた「軍隊」の創設を目指せば、遅かれ早かれ国家財政は破綻してしまいます。

 

  例えば、海上自衛隊は現在、20隻の潜水艦を保有していますが(201812月に閣議決定された防衛大綱により22隻体制へ)、いずれもディーゼルエンジンを備えた通常動力型です。主要国の海軍でディーゼル艦を実戦配備している国などひとつもありません(すべて練習艦)

攻撃能力を有するとなれば、どうしても(すでに時代遅れにはなりつつありますが)原子力潜水艦が必要となります。まずもって非核三原則を掲げる我が国で原潜の製造・保有は可能でしょうか百歩譲って、法整備・解釈によって実現出来たとしましょう。建造費だけで1,500億円/隻。搭載機を含めれば5,000億円/隻は下りません。また、作戦行動をスムーズに行うためには3隻は必要となります。さらには乗組員約1,500/(飛行部隊を含む)といった人員がそもそも海自にはいません。よって当然の帰結として、徴兵制を考慮せざるを得なくなるでしょう。

 

確かに自衛隊の練度は、現時点において世界トップクラスです。極めて優秀な組織として知られています。しかしながら、これまで「攻撃訓練」を一切行って来なかった隊員のメンタルを変え、練度を上げるためには米軍の軍事顧問団を招いたとしても10年以上の歳月を要することとなるでしょう。こと近代戦においては、ナンバー2ではまったく意味を成しません。周辺地域において1位でなければないに等しい。資本主義と同じく軍拡競争にゴールはありません。我が国も一旦、レースに参加すれば、戦前と同じくこの軍拡のプレッシャーから逃れられなくなります。その先にあるのは、再び焦土と化す国土か国家財政破綻かのいずれかしかありません。

 

軍事は、ある意味、ビジネスでもあります。しかも莫大な資金が動くマネーゲームです。国力を挙げて軍備増強に邁進するしかなくなる。太平洋戦争の泥沼に我が国が陥った理由は幾つもありますが、そのひとつが国際社会からの孤立でした。果たして今の日本は、世界中から糾弾されるような悪しき侵略国またはテロ国家でしょうか非人道的兵器の保有国でしょうかそうでないとすれば、国民の生命と財産を賭してまで、「軍隊」を創設する理由がどこにあるというのでしょうか「軍隊」を創るということは、社会・経済・産業構造はもちろんのこと国民生活の基本をも根本から作り替えることを意味しています(この国は最早、かつてのような経済大国ではありません)。これまでのように外野から無責任に、「自衛隊さん、頑張ってね!」というわけには行きません。相も変わらず「戦争反対っ!」と繰り返していただけでは後の祭りとなってしまいます。賛成派も反対派も現実的な議論を疎かにし、観念論に終始していたのではやがて、いつか来た道を辿ることとなるでしょう。

 

次回は、なぜ自由民主党が結党以来、憲法改正を党是に掲げているのか? 自衛隊を"自衛軍"に変えたがっているのか? について考えてみます。

 

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