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ご周知の通り、本日開催される東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(TOCOG)の臨時会合「合同懇談会」において、森喜朗会長が自ら辞意を表明すると報じられています。晩節を汚す結果とはなりましたが、然るべき決断であると考えます。

 

今回の”女性蔑視発言”を巡る一連の騒動では、いつものように日本的な光景がそこここに展開されていました。マスメディアの一員としてみれば、図らずもこの国のマスメディアが内包する問題点も浮き彫りになったように思います。

端的に云えば、国際政治・経済といった観点から分析すべき東京オンリピック関連組織体の有り様と、社会的、倫理的に極めて重要なジェンダー問題を安易に絡ませたことで、双方を”サブカルチャー”(Lowbrow Culture)の文脈に落とし込んでしまった。こうした手法は皆さんも、常日頃から目にしているはずです。「一般大衆にもわかりやすく」といった配慮なのでしょうが、ネットが主流となった現代においては結果的に、何人にもメリットをもたらさないどころか、マイナス効果でしかありません。

 

日本のマスメディア特有の悪癖で、こういった類の”事件”が起こると必ず、何ら専門知識を持たずオリンピックの「オ」の字も知らないコメンテーターやジェンダー研究者、果ては芸能人にまでコメントを求めます。取材に応じる側も、ここぞとばかりに自らのフィールドに引き寄せ、オリンピックとは直接関係のない政権批判や性差別の現状、果ては日本文化の後進性やセクハラにまで話を拡げてしまう。

もちろん、こうした”事件”が女性のみならず男性も、ジェンダー問題を真剣に考える契機ともなれば大きな意義があります。しかしながら、こうした玉石混合の舞台設定では、一週間も経てば事の本質から大きく逸脱した議論となり、やがて感情論のぶつけ合いに発展し、さらには反対派と賛成派の溝を深めてジ・エンドとなる。

結果、性差別に対する認識は深まったか? 解決策は生まれたか? 何も、何ひとつ変わることなく1ヶ月後には話題にすら上らなくなっているでしょう。この機に、真摯にジェンダーレスと向き合おうとされていた方々にとっては、まさに肩透かしを食らわされた思いなのではないでしょうか。我々が真剣に向き合うべきこうした事案でさえ、いわゆるマスメディア的エンターテインメントの単なる一素材として矮小化され、事も無げに”消費”されて行く (しかもほんの数日間で)。

私は、森会長個人の思想信条がどうだとか、人格がどうだといった情緒的な議論ではなく、あくまでもTOCOGの”会長”といった要職にある人間としてあるまじき発言、といった点に絞って論ずるべきだと述べました。焦点のぼやけた議論では、「私にも、あなたの中にも森さんはいる」といった極めて抽象的なオチに収斂することが目に見えているからです。

 

また、こうした”事件”が起こると必ず「日本の恥だ!」、「世界の笑い者になる!」といった声が挙がるのも日本ならではの現象です。このブログでも書いたように(『日本人による日本人論』昨年12月5日付)、他国の人々は皆さんが思っているほど日本に関心を持ってはいません。世界地図のどこに日本があるのかも知らない方々が大半を占める中、日本に関する知識がある、または日本人と交流がある方々は、森会長の発言が日本人の総意であるなどとは露ほども思いません。親日家と云われるほどの方であれば「あぁ、また日本の皆さんは『日本人の恥さらしは、とっとと腹を切れ!』などと騒いでいるんだろうなぁ〜」と苦笑されていたはずです。

 

森会長辞任の引き金になったとされる米三大ネットワークのひとつでオリンピックの放映権を持つNBCの当該記事を早速確認してみました。確かに”Tokyo Olympics head Yoshiro Mori called out by Naomi Osaka and others for sexism. He must go.” (大坂なおみ選手らに性差別主義者と非難された森喜朗会長は辞任すべき) といった見出しが見つかりました (11日午前2時46分付)。しかしながら筆者はオレゴン州のパシフィック大学で政治学部の教授を務めるジュールズ・ボイコフ氏で、掲載されたのは「投稿欄」。しかも”カルチャー&ライフスタイル”のページです。云うまでもなく国際面どころかスポーツ面のトップ記事でさえありません。

放送もスポーツ・ニュース枠で22秒のオンエアのみ。これに続くサラ・トーマスさんが米国最大のスポーツ・イベントである”スーパーボウル”において女性初のレフェリーに選出されたニュースの方が、当然のことながら遙かに大きな扱いでした(4分41秒)。なかなか味わい深い対比ではありますが…。

 

真の日本の”恥”とは何でしょう。それは、晴れて東京でオリンピックが開催され、JOCやTOCOGの会長が、優勝した女性選手のその首に金メダルをかける時、抗議の意志表示として彼女たちがこれを断固拒否したその瞬間です。それに勝る”日本の恥”はありません。その”彼女たちからの回答”を私たちは、約半年後に知ることとなります。

 

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