20201121-1.JPG
第二回『NIKKEI 全国社歌コンテスト』の開催を知らせる『日本経済新聞』紙面(1120日付)

 

   歌とは何か歌は、そもそも特定のユニットに属する人々がコミュニケーションを取り合うツールとして発展して来ました。神と交信する、収穫を祝い豊穣を祈念する、危険を知らせる、共に労働に勤しむ、戦いに臨む、そして愛を育む。様々な用途に歌は用いられて来ました。

   歌が社会を変えると考えるほど、私はナイーヴな性格を持ち合わせてはいませんが、ひとつのユニット(組織体)をまとめる歌の力に魅せられ、これまで国歌、そして社歌の深淵を探って来ました(詳細は拙著『国旗・国歌・国民〜スタジアムの熱狂と沈黙』をご一読下さい)

 

  「歌う」という行為は、不特定多数の人々が声を合わせることが基本です。ハーモニーといった人類ならではの歌唱テクニックが編み出されたことからも明らかでしょう。こうした古来からの習慣を、根底から覆したのがウォークマンでありカラオケでした。人類史上初めて「歌唱」を個人が所有し、消費し始めた。我々日本人の発明によって、「歌う」という行為は進化、または破壊されたと云って良いでしょう。

国歌や社歌を安易に全体主義と切って捨てる人々は、歌が個人所有となって以降広まった近視眼的視野の持ち主です。何かと云えば国歌や社歌を軍国主義の表れだと批判する人々も然り。私は世界各国で大規模な反政府デモも見聞して来ましたが、彼らが合唱していたのも、何を隠そう国歌でした。世界は、偏狭で理屈ばかりこね回す日本人が考えるほど小さくも、浅くもありません。

 

社歌も、こうした「歌」本来の形態を踏襲した楽曲です。さすがに朝礼で社員全員が斉唱するといった慣習は、バブル経済成長期を境に廃れましたが、現在は若いベンチャー企業の熱い視線が注がれています。終身雇用制度が崩壊し、転職が当たり前となった今、企業はユニットをいかにまとめて行くのか。新型コロナウイルス感染の影響でリモート・ワークがノーマルとなったこの時代において、いかにチームプレーを形成して行くのか。世界恐慌時がそうだったように、社歌には苛酷な現状を打ち破るヒントが隠されています。

 

 

NIKKEI 全国社歌コンテスト』への応募は今月末日で締め切られ、来月14()から公式サイトにて応募各社の社歌動画が一斉に公開されます。また同日から、どなたでも参加出来る一般予選投票もスタートします。心揺さぶる社歌もあれば思わず口ずさみたくなる社歌、地域に根づいた企業の社歌もあります。皆様の清き一票をお待ちしています♪

 

  詳細はこちらの公式サイトをご覧下さい。

 

このページのトピック