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2016年5月31日に筆者が撮影した地球平和監視時計。

 

平和とは、誠に捉えどころがなく、曖昧模糊としたものです。75年もの長きにわたり、平和を享受し続けて来た私たち日本人にとって平和は、まるで空気のような存在であり、「平和とは何か?」と問われても、即答出来るひとはさほど多くはないでしょう。

 

しかしながら、こうした茫洋たる平和の有り様こそが尊いことを、私たちは知らなければなりません。抽象論ではありません。戦場に生きる子供たちに、「どんな時に平和を感じるか?」と尋ねてみて下さい。皆さんが吃驚するような答えが間髪を入れずに、研ぎ澄まされた刃の如く跳ね返って来ることでしょう。

戦争は、「茫洋」の対極にあります。嫌でもその醜悪な姿を見せつけられます。目の前で砲弾が炸裂し、人肉が吹き飛ぶ。母親を虐殺された子らが金切り声で泣き叫ぶ。鼻が腐り落ちてしまいそうな死臭が何日も、何日も纏わりつき、人々は人間のこころを失い狂人と化す。そして飢えと渇きが、生き長らえた人々にも遠慮会釈なく襲いかかる。

 

広島平和記念資料館のエントランスロビーには、「地球平和監視時計」(Peace Watch Tower)が設けられています。現在時刻を示すアナログ時計の文字盤には原爆が投下された時刻が刻まれており、その下には原爆投下から今日に至る日数と最後の核実験からの日数を示すデジタル時計が填め込まれています。人類終末へのカウントダウン。核兵器の怖ろしさを私たちに伝える御影石のモニュメントです。

 

ただ、この時計は「警告」を主眼に置いているだけに、設置された意図とは裏腹に、どうしても「戦前」を秒読みしているように思えてなりません。私は寧ろ、「日本平和計測時計」(Peace Count Tower)というものがあって良いのではないかと思っています。この国が、どれだけ「平和」を維持・継続して来たかを可視化、数値化する時計です。「戦後」という刻を、後ろ向きではなく前向きに捉える時計です。「あぁ、今日も一日、何事もなく平和に過ごすことが出来た」、「明日も平和な一日となるように祈ろう」。

それこそが、被爆によって尊いいのちを亡くされた方々が、今のこの国を誇りに思える日数。戦後復興に尽力し、平和を維持し続けて来られた方々を讃え、今も戦火の中で生きる世界中の人々に勇気と希望を与える道標になると考えるからです。「戦時中は、日付を気にかける余裕すらなかった。これからは、誕生日だって結婚記念日だって決して忘れない」、「日本に負けない。私たちだって平和な世界を一日でも長く続けて見せる」。

 

ちなみに本日は、私たち日本人にとっての終戦から、数えて27,407日目となります。今日もまた、茫洋たる平和な一日を迎えられますように。

 

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