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  今月13日(現地時間)、米カンザスシティで行われたメジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルス対カンザスシティ・ロイヤルズ戦でのこと。2番DH (指名打者)で出場した大谷翔平選手の7回表の打席で、ジェーク・ブレンク投手が投じた外角球をファウルチップした打球が、サルバトール・ペレス捕手の右足を直撃しました。大したアクシデントではありませんでしたがその瞬間、大谷選手が「あ、ごめんなさい」(Oh, Sorry!) とペレス選手に謝った声がマイクに拾われ、敵地での試合であったにも関わらず、SNS上には賞賛の声が溢れました。

 

  かすった打球が相手選手に当たった。ひと言、「ごめんない」と云う。私たち日本人にとっては何ら違和感のない対応です。ところが米国では違った。「I am sorry」は謝罪を意味します。自らの非を認める、無条件降伏を意味します。知人に不幸があった際にも「I am sorry」は使いますが、これも「ご愁傷様」という意味であって、決して謝っているわけではありません。

  おそらく明治期の先人が誤訳したのでしょう。人混みを掻き分けて進む際、「ちょいと失礼しますよ」と声を掛けますが、英語であれば「Excuse me」または「Pardon me」が正しい。うっかり「I am sorry」と云ってしまうと、手にしたコーヒーを引っ掛けられたのかと勘違いされ、怪訝な目つきで睨まれるのが関の山です。

 

ついつい「I am sorry」と口走ってしまう日本人は、ややもすれば欧米人には卑屈な印象を与えてしまうため極力、使わないように心掛けたいものです。弱肉強食をモットーとする資本主義の本場で生まれ育った米国人は、滅多なことでは「I am sorry」と云いません。そのため大谷選手は、常に相手に見くびられないように気を張っている米国人に、「相手を労る」といったひどく当たり前の礼節を改めて思い起こさせ、感動を生んだというわけです。一服の清涼剤だったとも云えるでしょう。

 

  このように本人が意識せずとも「sorry」が、思わぬ効果を生んだ例は他にもあります。2006年3月11日、当時ニューヨーク・ヤンキースに所属していた松井秀喜さんは、対ボストン・レッドソックス戦で左翼の守備についていましたが、高く舞い上がったフライをダイビングキャッチしようと滑り込んだところ、運悪く左手首を骨折してしまいました。翌日手術を受け、少なくとも3ヶ月間の休養を要すると診断された彼は、広報を通じて、

「こうして怪我をしたことを申し訳なく思うと共に、チームメイトを落胆させてしまったことに私自身も失望しています」(Due to this injury, I feel very sorry and, at the same time, very disappointed to have let my teammates down)とのコメントを発表しました。

松井さんにしてみれば、「スタメンである自分が抜けることでチームに迷惑をかけてしまう」といった素直な気持ちであったに違いありません。ところが、この「I feel sorry」が全米の野球ファンの感動を呼び起こしました。誰しもやりたくて怪我をするわけではありません。まったくの不可抗力。しかも彼の場合は、積極的な守備が裏目に出ただけの話であって寧ろ、”あっぱれ”です。それでもチームメイトに謝罪するとは、何と云うチーム愛の持ち主か♪ というわけです。ヤンキーズの本拠地ではないフロリダ州の『オーランド・センティネル』紙のコラムニスト デイビッド・ウィットリーなどは「メジャーリーガーは、マツイから学べ」とまで書き立てました。

個人主義が横行する米国、特に生き馬の目を抜くプロスポーツ界において自分の非を認めることは、致命傷にもなりかねません。スキャンダルで糾弾されようが、ステロイド使用で出場停止になろうが、チームに謝ることなどあり得ません。図らずもこの一件は、松井選手に「紳士」といった称号を与えると共に、弱みを見せても平然としていられるほどの物凄い自信の持ち主、といった予想外のポジティヴ・イメージを野球ファンに植え付けたのでした。

 

とは云え、これらは極めて稀なケースです。私たちのような凡人が「I am sorry」と云ったが最後、彼女からは思う存分平手打ちを喰らうでしょうし、離婚訴訟ともなれば、元・配偶者に身ぐるみ剥がされたところで文句は云えません。口は災いの元。脛に傷持つ男性諸君はくれぐれもお気をつけあれ。おや? 誰だろう。朝も早よからスマホが鳴っているようだ。

 

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