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 「英語を話す時は、英語で考えるのですか?」と、屡々尋ねられます。答えは「はい(YES)」です。いちいち英語から日本語に訳していたのでは、唯でさえポンコツなオツムは忽ちオーバーヒートを起こしてしまいます。私は、いわゆる帰国子女ではないため、こうした”切り替え”が出来るまでにはかなりの時間を要しました。

   ではどうすればいいのか? ひとつには、「言語」を「音声」として捉えるやり方があります。「音」として記憶するわけです。世界的アーティストの坂本龍一さんに初めて取材をさせて頂いたのは、彼が米ニューヨークに拠点を移して間もない頃のことでした。当初、彼の英語力はお世辞にも高いとは云えませんでした。ところが半年後、記者会見で米国人記者を相手に流暢な英語で応答されている姿を見て大層驚かされました。絶対音感をお持ちの坂本さんは、耳から言語をマスターされたのでしょう。

 

   リスニングのコツは、適度に好い加減であること。”知力の省力化”に尽きます。英語力に自信のない方が一字一句聞き取ろうとすれば、最初の数単語で挫けてしまうでしょう。「ヤバい!」。気が動転すれば、続く会話はまったく頭に入らなくなってしまう。真面目な日本人が陥り易いパターンです。日本語とは異なりラテン語やゲルマン語、スラブ語系の言語には、必ずイントネーションが設定されています。話者が伝えたいポイントは音の高低(ピッチ)や抑揚の変化によって強調されます。例えば、

  「シチリア島の東部にあるカターニアの名物パスタと云ゃあ、パスタ・アッラ・レ・ノルマだけれど、現地でふらりと立ち寄ったトラットリアで食べたあの素揚げのナスと塩の効いたリコッタ・サラーサのハーモニーが、あれから10年も経つけれど未だに忘れられないんだよなぁ〜♪」といったフレーズがあったとしましょう。アクセントは「シチリア島」(Sicilia)と「パスタ」(Pasta)、「忘れられない」(unforgettable)にあります。つまり「シチリア島のパスタが忘れられない」。これだけ押さえておけば、何ら会話に支障は来しません。その他の単語の聞き取りは、潔く諦めましょう。

 「なぜ忘れられないの?」と尋ねれば、グルメ自慢の相手は喜んで、その理由を繰り返してくれますし、いかにこのオリーブオイル・ベースの家庭料理が素晴らしいか、「ノルマ」がカターニア出身の作曲家ヴィンチェンツォ・ベッリーニのオペラ『ノルマ』(Norma)に由来していることなど、滔々と話し続けてくれるでしょう。

あなたは「ふんふん」と相づちを打っていればいい。やがて「耳」が慣れて来るに従い、前後の「カターニア」(Catania)や「ナス」(Eggplant)といった単語も拾えるようになって来ます。完璧主義者ほど、他言語のマスターには時間がかかります。いかにポイントを摑み、文脈を読むか。これが上達への第一歩です。

 

  ならば日本の小・中・高校で叩き込まれる英文法が無意味かと云えば、そんなことはまったくありません。私の経験から云っても、それは寧ろ逆で、スピーキングやリスニングといった英会話(口語)に長けた日本人留学生は、英語を母語とする国において当初は好成績を収めます。ところが時間が経つに従いリーディングやライティング(文語)の力をしっかりと身につけた学生がじわじわと挽回し、ついには追い抜いてしまう。「うさぎとかめ」の構図です。

云うまでもなく米国では、そこらで走り回っている年端もいかない子どもでも英語を聞いたり話すことは出来ます。しかしながら書物を読んだり、文章を書く能力となると、米国人と云えども訓練が必要です。

日本とは異なり米国では、大学は「学問を修める場所」と明確に位置づけられています。大半の学生たちは、大学に進学して初めて膨大な文献を読み、正しい英文法を学び、実社会で通用する文章作成力を養うこととなります。そのため、勉学に熱意がない者は、他の学生たちの邪魔になるため、「どうぞ、お引き取り下さい」と、退学を命じられることも日常茶飯事です。

英語力に自信がないとお嘆きのそこのあなたには、米国の高校生たちの”作文”をお読みになることをお薦めします。語彙が少ないのは致し方ないとしても、時制が曖昧であったり、動詞の活用形が間違っていたり、中には主語がないものさえあります。だからと云って、あなたの英語力が勝っているというわけではありませんが、少なくとも「こんな私でもなんとかなる…、かも」といった気休めにはなるでしょう。

 

   英語で思考する回路が繋がれば、突然話しかけられても対応には苦慮しなくなります。ただ普段、英語環境にいなければ、私の場合でも滑らかな対応が出来るまでには現地入りしてから一両日を要します。脳みそのウォーミングアップですね(この間も、この連載の「その①」で書いた「こいつは英語が話せる」臭はムンムン漂わせるようにしているため、相手が気づくことはありません)。

その上でスイッチが入る。つまりインタビューを行ったり、取材レベルで使える本格的な”英語脳”が復帰するまでには1週間ほどかかります。不思議なものでこの瞬間、頭の中で、本当に「カチッ」と音がします。周囲からはわからないでしょうがこの瞬間から、オツムが「ゾーン」に入ります。

関西弁を話す時、私は自然に関西人モードへと切り替わります。これと同じく英語で会話をする際も、”英語的”思考回路が「オン」になります。こうしたバイ・カルチュラルなアウトプットの獲得が、英語に限らず外国語を学ぶメリットであり、喜びでもあります。

 

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