1954年 (昭和29年) 3月1日にビキニ環礁で実施された水爆実験”ブラボー” (Castle Bravo)。
かつては武士道、または騎士道精神というものがありました。それだけではありません。エンジニアにもプライドがあり、優れた兵器や機能美を有した武器の開発に携わった者は、例えそれが敵であろうが尊敬し合ったものです。そうした畏敬の念など露ほども抱けない唯一の兵器、それが核兵器です。
誰にも望まれずに生を受け、誰にも愛されずに育った鬼っ子が、世界平和の趨勢を左右していることの異常さ、核抑止力などといった詭弁の愚かさに、この地球というちっぽけな惑星に住む我々は好い加減、気づかなければなりません。
「核抑止を含む抑止が、わが国の安全保障を確保する基礎との考えに変わりはない」。これは今月11日の記者会見における林芳正官房長官の発言ですが、日本政府は未だに”恐怖の均衡” 核抑止論を額面通りに受け取り、律儀に信じて疑おうとはしません。こうしたスタンスを擁護する常套句として、必ず用いられるのが「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」です。
如何にわが国のインテリジェンスが脆弱であるか。こうした政府見解を繰り返している限り、お隣の核保有国 中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国 (北朝鮮) は枕を高くして寝ることが出来ます。今や、核保有超大国の統合参謀本部長で核抑止力をまともに信じている者などひとりもいないでしょう。軍事分野では、”核の傘”はすでに死語となりつつあります。
そもそも核抑止とは何か? 核兵器廃絶を訴える方々もその実情はあまりご存知ないようです。核抑止なる思想が生まれたのは戦後間もなく、核兵器開発・製造能力で抜きん出ていた米国とソビエト社会主義共和国連邦 (旧・ソ連) の開発競争が激化し、ふたつのスーパーパワーが並び立ついわゆる冷戦期に突入。これが〔前期・核抑止力〕です。
世界が東西に分断され、冷戦が固定化されたことで旧・ソ連と対峙する欧州諸国は1949年 (昭和24年) に北大西洋条約機構 (NATO) を設立し、52年 (昭和27年) に英国が、60年にフランス共和国が核実験を行い、中華人民共和国もそれに続きました (64年)。この段階で、核保有国が東西で睨み合う冷戦構造が完成します 〔中期・核抑止力〕。これら核保有国は軍事的優位を確保すべく核拡散を防止する核兵器の不拡散に関する条約 (NPT) を70年 (昭和45年) に発効し、核兵器の”独占”をもくろみます。
とここまでは軍事大国の”仲良しクラブ”といった体裁でしたが、74年 (昭和49年) にはインド共和国が、98年 (平成10年) にはパキスタン・イスラム共和国、2006年 (平成18年) には北朝鮮といったNTP非批准国が次々と核実験を成功させ、イスラエル国も核兵器の保有が確実視されるに至り、NTPは有名無実化してしまいました 〔後期・核抑止力〕。
ネバダ核実験場 (NTS) で1955年 (昭和30年) に行われた核実験”ティーポット” (Operation Teapot) の威力を計るために設置されたマネキン人形。
核兵器を保有することによって戦争を回避出来たのは〔中期・核抑止力〕、1970年代初頭まででしょう。それ以降はインド共和国 vs. パキスタン・イスラム共和国やイスラエル vs. イラン・イスラム共和国のように、地域紛争に核兵器が使用される危険性が高まりました。米国や旧・ソ連から機密情報が流出したことにより、核開発技術が入手出来るようになり、製造コストも下がったことが主な要因です。
さらには、核抑止力を考える上で最も衝撃的な出来事が、ウクライナへのロシア連邦による軍事侵攻でした。それまで核保有国に対して非保有国が闘いを挑んだ例はありません。云うまでもなく核兵器による報復を怖れ、虎の尾を踏む暴挙は避けて来た。ところがウクライナは国土を守るため、国の存亡を賭けて猛然と反撃に出ました。
ウクライナ紛争 (14年) を経て22年 (令和4年) 2月24日に始まったロシア連邦軍によるウクライナへの全面侵攻。両国間の軍事紛争は10年以上にも及びますが、ロシア連邦は核兵器を使っていない、より正確に云えば使えない (また、世界で3番目に大きいウクライナのザポリージャ原子力発電所は、ミサイルの攻撃目標から外されています)。
少なくとも科学的には核兵器の威力を熟知しているロシア連邦は、例え戦術核兵器であれ、隣国で使用すれば自国も放射能汚染から逃れられないことを知っています。また、制圧した土地が汚染され立入禁止区域ともなれば、占領するメリットはなくなります。さらには国際的非難の的となり、戦時において核兵器を使用した非人道的国家は米国だけだ、といった主張も通用しなくなります。
つまり、今回のウクライナにおける戦闘により、相手が核保有国であれ戦闘は継続出来る、核抑止力はまったく機能しないことが白日の下に晒されました。核兵器神話の崩壊です。そのため、隣国を威嚇するだけの目的で、膨大な軍事費をかけて「使えない兵器」を開発・製造し、自らリスクを背負い込む核兵器を配備しようと目論む国は今後激減することでしょう。
しかしながら、核抑止力が形骸化することによって核戦争のリスクが低下したわけではありません。核兵器の管理・運営ノウハウ、危機管理能力に乏しい核保有新興国では、技術的またはヒューマン・エラーによって核兵器の暴発または誤射を引き起こす可能性がある。NTP批准国ではなく、これらの国々を非核化へと導かなければ核兵器廃絶は絵に描いた餅となります。
日本政府は、「国際社会の取り組みを主導することは唯一の戦争被爆国の使命」と自負し、”橋渡し役”を担うと公言していますが今、最も必要とされているのは核保有大国と非保有国との調整役ではなく、核兵器をすでに保有している、または保有していると思われるNTP非批准国を説得し、核兵器を放棄させることに他なりません。
決して楽な仕事ではありません。スポットライトを浴びるような華々しい役回りでもありません。ダブル・エージェントとして国際社会から非難されるかも知れません。しかしながら被爆の実相を露ほども知らない彼らが、少なくとも耳を傾けるのは米国ではない、ロシア連邦でもない、戦時における唯一の被爆国である我が国だけです。軍事専門家でも平和運動家でもなく、被爆者の声だけが彼らの政治判断に影響を及ぼすことが出来ます。
我が国が、汚れ役となることも厭わず自ら汗を掻き、思想信条の垣根を越えてNTP非批准国の核兵器放棄を取り付けられれば、世界は上記 〔核抑止力〕 ステージの”逆コース”を辿り、核兵器廃絶へと向かうことは明らかです。脚下照顧。今こそ日本政府は、己にしか成し得ない王道を、堂々と胸を張って歩まなければなりません。それこそが、日本国憲法に記された「国際社会において、名誉ある地位を占める」ということであり、原爆によって尊い命を奪われた方々の想いに報いる唯一の方途でもあります。