広島平和記念資料館前に建つ『嵐の中の母子像』 (本郷新 作)
広島平和記念資料館は2028年春に小学5年生から中学生向けの展示コーナーを新たに設け、”選択展示”を導入すると発表しました。この新たな設えについては、すでに同市関係者から伝え聞いていたためどのような展示方法になるのか、”被爆体験の継承”にも少なからぬ影響があるため関心を寄せていました。
今年3月6日に開かれた第3回 検討会議で示された”選択展示”とは、広島市側が”凄惨”と判断した展示の手前に壁を設け、「この先には、傷つき苦しむ人の写真や絵を展示しています。見ると気分が悪くなりそうな人は、ほかの展示で原爆の被害を学びましょう」と記されたパネルを掲示するというものです。
”選択展示”を検討するきっかけとなったのは24年 (令和6年) に同館を運営する広島平和文化センターが、全国から修学旅行で訪れた小中高校1,121校に対して行ったアンケートでした。この調査によって、資料館の「展示を『怖い』と感じて見学できない児童への支援があれば」といった意見が示されたことから、原爆の実相に対して無防備な10代の若者たちの精神的ストレスをいかに軽減するか。様々な方策が議論されて来ました。
確かに地方公共団体が希望者を募り、自らの意志で同館や原爆ドーム、市立袋町小学校といった被爆遺構を訪問する平和学習派遣事業とは異なり、基本的に全員参加が前提である修学旅行の場合には (事前学習を行っているとは云え) 率直に云って生徒全員が”心の準備”を整えているとは云い難い。また、学校が定めた「広島」が、必ずしも彼らが望んだ修学旅行の目的地ではなかったといったケースも少なくないでしょう。
被爆に関連する展示は、特に小学生には相当な精神的負荷がかかるものと推察されます。中学生の場合には、例えば拙文「平和のバトン」が掲載された文部科学省検定教科書『新編 新しい国語 1』を事前に学習していれば、一定の”免疫力”は養われるでしょう (実際、私が中学一年生を対象に講演した際、教科書には掲載されてはいない”凄惨”極まりない「次世代と描く原爆の絵」を見せても、生徒たちは寧ろ身を乗り出して見入っていました)。しかしながら、予備知識がなければ逆に「広島」に対してネガティブなイメージを抱き、「二度と来たくない」といった拒否反応を示す生徒が出ても不思議ではありません。
沖縄県・名護市辺野古沖で小型船2隻が転覆し、同志社国際高校の女子学生と船長が亡くなった痛ましい事故は記憶に新しいところですが、広島平和資料館を訪れる生徒たちのメンタルケアにも十二分に配慮する必要があります。今後、万が一にも観覧した生徒が急性ストレス障害 (ASD) を発症し、告発するような”事故”が起これば学校保健安全法に基づき、学校ごとの策定が義務付けられている危機管理マニュアル (文部科学省が示す「学校の危機管理マニュアル作成の手引」 〔平成 30 年2月〕、「学校の『危機管理マニュアル』等の評価・見直しガイドライン」 〔令和3 年6月〕、「「生きる力」をはぐくむ学校での安全教育」 〔平成 31 年3月〕 等における校外活動時の事前の安全確保の検討・対策についての項目・内容) の不備が指摘され、受け入れ側の同館の対応も適切であったかどうかが問われる事態に発展する懼れもあります。

被爆再現人形の展示は1973年 (昭和48年) から。当初は蝋人形でしたが1991年 (平成3年) からはプラスチック製へ。
一方で、私がお目にかかった被爆者の方々からも「(被爆は) こんなもんじゃなかった」といった回想を幾度も伺いました。そこで思い起こされるのが19年 (令和元年) に本館がリニューアルされる前に展示されていた被爆再現人形です。原爆が発した熱線により焼け爛れ、めくれた皮膚を垂らして炎の中を彷徨い歩く等身大の成人女性と女学生と少年を模した蝋人形は、被爆者からは「現実とは違うイメージが独り歩きしてしまう」といった批判があった一方で、「あれを見てトラウマになった」といった意見も数多く聞かれました。
“選択展示”内の内容がどのようなものになるかは未だ明らかにされてはいませんが、私は基本的に年齢による観覧制限には賛成です。また来場者個々の希望、体調、精神状態に合わせて見学コースを振り分ける方策も併せて検討されるべきでしょう。
寧ろ、“選択展示”と共に「18歳未満観覧禁止」といった特別エリアの設置を推奨したい。被爆の実相を伝えるためには、”疑似体験”が最も効果的です。”あの日”の光景、閃光といった視覚情報、音響、気温、臭気、そして最も再現性が困難な触感を、最新の映像・音声技術や生成AIを駆使し、被爆者の方々に監修して頂きながら、可能な限り「昭和20年8月6日の広島」を再現する。児童に対する展示の衝撃度は和らげつつも、成人に対しては原爆が引き起こした”地獄”のリアリティを現在よりも数段引き上げ、これを自ら”体験”して頂く設えを構築する。
被爆の実相を立体的に見せるAIシステムの製作にかかる膨大な費用を果たして広島市が負担出来るのか (好例として今月20日に米ロサンゼルスにオープンした世界初のAIアート美術館『データランド』があります)。また、エンタテインメント性が強過ぎるといった批判を浴びることも覚悟しなければなりません。しかしながら、“選択展示”をきっかけに来館者の反応を気遣うあまり、展示内容全体がソフトに傾けば中・長期的には本末転倒になります。バランスを取る意味においても今後、これまで以上に被爆の実相を正確かつストレートに表現したハイスペックな展示が求められることは必定であり、再現レベルを評価して頂ける被爆者の方々が健在なうちに、被爆100年を見据えて速やかに検討に入るべきと考えます。

米ロサンゼルスに今月20日にオープンした世界初のAIアート美術館『データランド』は約2322平米の敷地内に、グーグル・クラウド・サーバー上のオープン・アクセスAIシステム”ラージ・ネイチャー・モデル”によって提供される5つの没入型ギャラリーが設けられ、文化的エコシステムの実現を目指しています。

































