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平塚らいてうの本名は明 (はる) という。名は体を表すが如く、聡明かつ破天荒な彼女の生涯を予見した命名であった。しかしながら、らいてうが女性解放運動の嚆矢であったわけではない。果たして彼女は「太陽」であったのか? それとも「月明」の源であったのか?

1878年 (明治11年)、高知県区会議員選挙の投票所を訪れた楠瀬喜多は、戸主でありながらも「選挙資格は、満二〇歳以上の男子で、その郡区内に本籍を定め、地租五円以上を収める者」といった府県会規則によって拒まれ、これに義憤を覚えて高知県庁に『納税の儀に付御指令願の事』と題した意見書を提出。その2年後に、坂本龍馬の生誕の地である土佐郡上町 (現・高知市上町) において、日本初の女性参政権を認めさせた。「男女同権は海南の一隅より始る」と、板垣退助によって設立された土佐立志社の植木枝盛は、喜多の信念と行動力を讃えて云った。

同じ頃、京都に神童と呼ばれた女性がいた。槇村正直 京都府権大参事 (現在の副知事に相当) に「お前の名には俊秀の俊の字こそふさわしい」と賞賛された中島湘烟 (岸田俊子) は、16歳で宮内省から文事御用掛として出仕するように命じられ、昭憲皇太后に『孟子』を進講した。

その後は書家として名を馳せると共に、結成されたばかりの日本立憲政党の党首であった土佐出身の中島信行に請われて演壇に立ち、我が国初の女性弁士として新時代の女性の権利と生き方を説いた。なぜか女性史に立ち現れることの少ない湘烟だが、我が国における女性解放運動の魁であったことは言を俟たない (https://japanews.co.jp/concrete5/index.php/Masazumi-Yugari-Official-Blog/2020/2021-2/怪しむ-この堯舜の政事-いまだ堯舜の民を出さざるを)。

 

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場の第136回公演『Sの顛末』を鑑賞する。らいてうが編集長を務め1911年 (明治44年) に創刊され、約4年半にわたり発行された婦人月刊誌『青鞜』に集った「新しい女性たち」を描いた群像劇である。しかしながら作・演出を手掛けた高羽彩氏 (タカハ劇団主宰) が「『青鞜』はあくまでも連想ゲームの先に辿りついた『箱』」とプログラムに記しているように、婦人解放運動の黎明期に異彩を放った『青鞜』の栄光と転落がこの作品の”主役”というわけではない。「婦徳の涵養」、要は良妻賢母の思想を押しつけられていた当時の女性たちが「自分の『形』を見つける」ため、「家 (家制度) という『箱』」と対峙し、苦闘し、やがて敗北して行く様を題材としている。

高羽氏が『青鞜』創刊の年に起こった女学校卒業生同士の心中事件に触発されて筆を取ったと披瀝しているように、同性愛を含む女性主導の恋愛といった明治以降に”明文化”されたタブーに”雄々しく”立ち向かった大正デモクラシーという時代の空気が活き活きと切り取られていた。

ある意味、フェミニストの間では神格化されて来たらいてうの言動に疑問を投げかける切り口は新鮮であり興味深くもあった。しかしながら率直なところ、高羽氏の中でこの主題が十分には整理し切れていないのではないかといった印象も受けた。女性同性愛をLGBTQといった現代的テーマに落とし込む必要はまったくない。然れども『青鞜』に関わった有名無名の女性たちの先進性または通俗性を、より明確かつ演劇的に描写する手立てはあったのではないか。『箱』を思わせる舞台装置には一貫性を感じたが、敢えて”主役”を据えない演出が、逆に作者のメッセージに霞をかけてしまったかのようにも思われた。

 

前列左から田辺操、物集和子、ひとり置いて小林哥津。後列左から木内錠子、平塚らいてう、中野初子、石井(和田) 光子、小磯とし子。1912年 (明治45年)、青鞜社にて撮影。

 

湘烟は、壇上から「怪しむ、この堯舜の政事、いまだ堯舜の民を出さざるを」と喝破し (『婦女の道』)、満場の聴衆は拍手喝采で彼女を迎え、固唾を呑んで彼女の高く澄んだ声に聞き入り、「函反対!」、「圧制函!」と威勢の良い合いの手を入れ、湘烟の漢語まじりの演説に酔い痴れた (『函入娘』)。

女性の”分際”で権利を主張した湘烟は忽ち官警に拘束される。逮捕容疑は「学術演説と偽って政談におよびし件、官吏侮辱の件にて拘引す」 (判決は罰金5万円)。しかしながら理不尽な公権力に屈する湘烟ではない。翌年から、日本女性の手による初めての男女平等論である「同胞姉妹に告ぐ」を自由党の機関誌『自由の燈』に発表し、敢然と闘いを挑んだ。

『函』は、今も昔も確実に存在する。自由であるべき芸術の世界においても、その腐臭漂う堅牢な壁は厳然と立ちはだかっている。それは、男たちの武骨な手により構築された片翼のシステムだけがその因ではない。女性が女性と手を携えて、女性という「性」を超越することの難しさも、この作品はつぶさに教えてくれる。