20200627.jpg

 

   ジャーナリストは、「事実」を追い、「真実」を伝えることが使命です。しかしながら「事実」と「真実」とは、時として異なる場合があります。以前、ある被爆体験伝承者が私に「被爆体験証言者の話には嘘がある」と伝えて来ました。聞けば「彼らが話したことを鵜呑みにして生徒たちは絵にしているが、科学的に実証出来ない箇所がたくさんある。こういうものを多くの人に見せるなんて広島の恥ですよ」と云うではありませんか。私は、珍しく怒り心頭に発しました。「あなたはあの日、あの時、広島にいて、自ら被爆を体験したのか」と。

 

   確かに、被爆当日の猛火の色は絵とは違っていたかも知れない。焼け焦げた遺体はあり得ない形状に描かれているかも知れない。「事実」には反するかも知れない。しかし、それがどうしたというのでしょうか。壮絶な現実に直面し、気が動転し、頭の中がまっ白になることは誰しもあることです。しかもあの日は、人類が史上初めて体験した文字通りの想像を絶する地獄の光景です。

   例えば、少女がひとりで留守番をしているところに空き巣が入ったとしましょう。「犯人は何色の服を着ていましたか?」との刑事の問いかけに、少女は「空色」と答えます。しかしながら、実際に犯人が捕まり明らかとなった服の色は「灰色」だった。だからと云って、少女を嘘つき呼ばわりし、責めることのどこに意味があるというのでしょうか。色や形を正確に記憶出来ないほど、少女は強烈な恐怖心に襲われていた。それほど原爆の威力は凄まじく、非人道的であった、となぜ”想像”することが出来ないのでしょうか。

 

   「次世代と描く原爆の絵」プロジェクトを引率して来られた橋本一貫先生も「これらの絵は、あくまでも個々の被爆体験証言者が目撃した光景です」と仰っています。100名の被爆者がいれば100通りの体験がある。同じ場所に立ち、同じ方向を向いていたとしても、ほんの数センチの立ち位置の違いで隣にいた親友は即死し、自分は生き残ったといった話は何度も伺って来ました。これが、これこそが原爆の怖ろしさなのです。

   私は、こうした”被爆を知らない子供たち”によって押し進められた事実偏重主義が、想像力の伸展を阻害し、子供たちを被爆体験の継承から遠ざけた要因のひとつになったと考えています。「事実」はもちろん大切です。嘘はいけません。検証も必要でしょう。しかしながら、被爆証言は”教科書”ではありません。「木を見て森を見ず」といった言い回しがあるように、「木を見過ぎて森を見失う」こともあります。私は、被爆体験証言者の言葉を信じる、というよりも彼らの想いを受け止めたい。ジャーナリストは、「事実」を追いつつも、「真実」を求めることが使命だと考えています。