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広島南警察署完成予定図

 

先月、訪広の際にほぼ4年振りに被服支廠倉庫を訪れる機会に恵まれました。突然、思い立っての訪問であったため、今回は内部を見学することは叶いませんでしたが周囲を一巡していて、ふと確信めいた思いが脳裏を過りました。それは、「このままでは、この希少な建築物が先々、世界から注目を浴びることは、残念ながらほぼないだろう」というものでした。

 

知識としては聞き知っていたものの、今回の現地再訪で最も衝撃を受けたのが被服支廠倉庫の北側の角地に建設中の広島南警察署の存在でした。私は、この建造物の保全問題が沸き起こった当初から、この敷地面積 3,940平方メートル余りの三角地帯の処遇が、被服支廠倉庫の命運を左右することになるだろうと踏んでいました。

「出汐2丁目」は広島県立広島工業高校工業科センターや警察官舎が建っていた県有地ですが、2018年2月に老朽化した同署をここへ移転し新築する方針が決定。19年10月には公募型プロポーザルで、大旗連合建築設計株式会社・吉田豊建築設計事務所 JV が基本・実施計画の委託先に選定されました。

警察本部総務部施設課が公表している「令和3年度中の広島南警察署整備事業の進捗状況について」によれば、総工費は約25億円。鉄筋コンクリート造5階建ての延べ床面積約 8,300平方メートルの庁舎と車庫棟や附属建物が建設される予定となっています (来年7月頃に完成引渡見込み)。

 

青線で囲まれたエリアが広島南警察署建設予定地(大旗連合建築設計株式会社・吉田豊建築設計事務所 JV 提案書より)

 

警察署の移転と被服支廠倉庫の保全との関連性が今ひとつピンと来ないという読者は、周辺地図を俯瞰して頂きたい。まずもって、都市再開発事業を行うにあたり留意しなければならない点は利便性です。広島市民であればご存じの通り、このエリアは交通の便が悪く、特にこれといった集客スポットもないため、市民であれ「広島大学病院に行ったことがあるくらい」と仰る方が大半でしょう。となれば、被服支廠倉庫を先々、どのような形で利活用したとしても、駐車場の確保は必要不可欠となります。

集客を目指すとなれば尚更ですが、広島県立広島工業高校と一般住宅に囲まれた被服支廠倉庫周辺には、この南警察署建設予定地を除いて、複数台の観光バスが駐車出来るようなスペースはどこにも見当たりません。

都市再開発において、駐車場の確保・整備は基本中の基本です。さらには、被服支廠倉庫の保全を真剣に考えるのであれば、そこに至る動線の構築も併せて検討すべきと、私は 2年半以上も前にこの連載の② (2019年12月26日付) で指摘しています。参考までにその一部を以下に再録します。

 

被服支廠は、「市内」と「広島港」(広島港宇品旅客ターミナル)を繋ぐ経路のほぼ中間地点に位置しています。となれば、ここに新たな観光拠点を設けることで、観光客を「市内」の外へと誘導し、さらには江田島を始めとする瀬戸内の島々へのゲートウェイである広島港まで、彼らを移動させる動線を設営することが可能となります。倉橋島や下蒲刈島、豊島といった風光明媚な島々は今後、宿泊施設や飲食サービスを充実させれば、欧米からの観光客を惹きつけるエコ・ツーリズムの魅惑的な目的地として成長する可能性を大いに秘めています。

平和記念公園〜旧・広島大学理学部 1号館〜被服支廠〜広島港〜瀬戸内の島々。こうした一連のスポットをリンクさせる観光ルートが整備されれば、日帰り率は自ずと減少するでしょう。まずもって被服支廠を保全し、グリーフ・ツーリズムの "MUST TO SEE" と位置付け、原爆ドームとセットで大々的にプロモートする。「点」と「点」を繋げて「面」を創るマーケディング戦略です。こうでもしなければ、いつまで経っても折角「国際平和文化都市」を体感したくて広島へやって来られる大多数の観光客が、平和記念公園を散策した後はそそくさと広島を去る、といった行動パターンを変えることなど到底出来ません。

 

 

詰まるところ広島県は、隣接する被服支廠倉庫の保全問題と広島南警察署の移転とをまったくリンクさせることなく安易に移転先を決定し、着工に踏み切ったというわけです。一方、同・倉庫の保全を訴えていた方々からも (中には建築・設計関係者も名を連ねておられたようですが)、この移転には誰ひとりとして異を唱えることはなかった。要は、双方共に現実を踏まえて50年後、100年後を見据えたグラウンドプラン構想を持つことなく唯々、解体・撤去だ、保全だと近視眼的な抽象論に終始していたということになります、

広島県は現在、同・倉庫を国の重要文化財とすべく準備を進めています。(個人的には、指定される可能性は必ずしも高いとは云えないと予測していますが) 数年後、晴れて指定されて初めて、県は「駐車場がない」といった厳然たる事実に気付くことでしょう。こうなると、唯一の解決策は、南側に位置する国保有の 1棟を解体・撤去することで駐車スペースを確保するしか手立てはありません。

3棟保全、1棟解体。その時、皆さんはどう反応されるでしょうか。いずれにせよそれは、これまで皆さんが被服支廠倉庫の未来を建設的かつグローバルな視点で捉えて来なかったツケが廻って来たということです。私が、被服支廠倉庫の将来について悲観的を意見を述べるのも、結局のところ、誰も被服支廠倉庫について、真剣には考えていなかったと見做さざるを得ないからです。

事実、保全問題が取り沙汰されてから数年が経過した今でも、未だ県民からは何ら魅力的かつ具体的な利活用法は提示されていません。それは「県職員の仕事」であり、草案に対して悉く批判を加えるのが県民の役割なのでしょうか。そうした"受け身"の姿勢がこれからも続くようであれば、被服支廠倉庫が県民の想いを体現した価値ある建築物として活かされることは未来永劫ないでしょう。実のところ、被服支廠倉庫の保全問題は、県ではなく皆さんの「国際平和文化都市」に対する意識が問われているのです。

 

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