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人間と云うものは悲しいかな、自らの経験でしか物事を捉えることが出来ません。幾ら他人の話に耳を傾けようが書物を紐解こうが、”個の視点”から脱却し、歴史を俯瞰で捉えることは容易ではありません。私はこれまで、多くの国々を訪れ、様々な人々と出会い、別れ、異文化と交流を繰り返す中で、常に”共通言語”の在処を探し求めて来たように思います。

一方で、人間の感情、感性といったものは100年前であろうが、100年後であっても、さほど変わるわけではありません。喜怒哀楽は、人種、性別、世代、国籍を超えて分かち合える。誰でも、悲しければ涙を流し、嬉しければ自然に笑顔がこぼれる。いかにして”情”と”理”を融合させられるかが、”共通言語”を構築する際には肝となります。

 

音楽は、時として軽やかに高く険しい”壁”を乗り越えます。その麗しき一例をご覧下さい。この映像は、オマーラ・ポルトゥオンドさんとナタリア・ラフォルカデさんの奇跡のコラボレーションを捉えたものです。御年91歳のポルトゥオンドさんは、押しも押されぬキューバ音楽界の至宝。老練な同国のミュージシャンらによって1990年代後半に結成されたブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの女性シンガーとしてその名を世界に轟かせました。

彼女との共演を熱望し、夢を果たしたメキシコ・シティ出身のラフォルカデさんは、2002年にデビュー。2006年にはラテン・グラミー賞の最優秀グループ・ロック・アルバム部門を受賞するなど、メキシコ合衆国を代表する若手女性シンガーとして活躍しています。

ラテン・ミュージックならではのリリシズムに満ち溢れた『Tu Me Acostumbraste』(私はあなたとひとつに)は、キューバ革命直前の1957年に同国の作曲家フランク・ドミンゲスによって作られた名曲中の名曲。スタンダードとして今も数多くのミュージシャンによって歌い継がれています。

 

この二人の息の合ったハーモニーを聴きながら私はふと、広島市立基町高校・創造表現コースの生徒たちが、「次世代と描く原爆の絵」プロジェクトを通して被爆体験証言者の皆さんと交流する姿を思い出し、どうしても溢れ出る涙を抑えることが出来ませんでした。ポルトゥオンドさんと1984年生まれのラフォルカデさんにも、祖母と孫娘ほどの年齢差があります。

  この映像が撮られた当時、ポルトゥオンドさんは87歳であったと思われますが、その張りのある歌声、衰えることを知らない見事な表現力には感動さえ覚えます。またラフォルカデさんの、大先輩に敬意を表しながらも自らのスタイルを貫き通すしなやかさといったらどうでしょう♪ 音楽という”共通言語”を介して、ふたりのこころは緩やかに、たおやかに溶け合って行きます。私はあなたとひとつに。