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  昨日は、米大統領選挙を直前に控えた最後のテレビ討論会でした。仕事柄、私もオンタイムでC-SPAN(米議会中継専門ケーブルチャンネル)の生中継を視聴していました。前回のような泥仕合は辛うじて回避されましたが双方が主張を繰り返す、云ってみれば「引き分け」。甲乙付け難い論戦でした。ただ、総論から云えば、バイデン候補の方に観念論が多く、トランプ大統領は情報の精度はさて置き、現実的な施策で攻めていた、といった印象があります。これは現役大統領のアドバンテージでしょう。

多くの米国民がすでにテレビを”旧メディア”として捉えている今の時代、テレビ討論といったスタイルが投票行動にどれほどの影響を及ぼすのか、有権者がどのような判断を下すのか。マスメディアの趨勢を占う意味においても興味は尽きないところです。

 

前回の投稿でトランプ大統領が、いかにマスメディアの”選民意識”につけ込み、自らのプロモーション戦略を展開して来たか、について書きました。速報性が”売り”だったテレビも、今やスピード勝負ではネットにまったく歯が立たなくなっている。そこに目をつけたのがポピュリズムの権化、トランプ大統領でした。

 

20年ほど前でしょうか。某・スポーツ総合誌のデスクと話していて、「弓狩さん、雑誌の売り上げが落ちている理由ってわかります? ほら、例えばJリーグ選手の独占インタビューを取るじゃないですか。うちは月刊誌なので、露出は最低でも1ヶ月後になるわけですよ。今までは『この選手は何を考えてあのプレーをしたのだろう?』と思って、読者は雑誌を買ってくれた。それが今では、選手本人が試合の翌日、ツイッターで『昨晩の大一番、僕は右から切り込むと見せかけて、中央に走り込んでゴールを決めた』とか言っちゃうわけですよ。これには敵うはずがない」と、こぼしていたのを想い出します。

こうした当事者本人による”ネタばらし”はその後、スポーツ界や芸能界では瞬く間にデファクトスタンダードとなりましたが、さすがに表向きにはフェアであろうとする政治の世界では”禁じ手”となっていました(当然のことながら、インサイダー情報ともなり得る経済・金融界でも同様です)。

 

こうした”禁じ手”を、政治の世界に臆面もなく持ち込んだのがトランプ大統領でした。突然、暗黙の了解を破られたマスメディアは大混乱に陥りました。「やらねば、やらねば」とわかっていながら、未だにネットにフルスペックで対応していなかったため、後手に回ることにもなった。マスメディアが今でも、ヒステリックにトランプ大統領だけを集中攻撃しているところを見ると、未だ迎撃態勢は整っていないようです(ここのところ日本のマスメディアが盛んに採用するようになった「リアル・クリア・ポリティクス」の世論調査データですが、米国では以前からその精度には疑問符が付けられています。事実、前回の大統領選挙でも見事に”読み”を外しています)。

 

トランプ大統領の狡猾なメディア戦略は、そもそもマスメディアが撒いた種を逆手に取ったものとも云えるでしょう。例えば全国紙が一面トップで大々的にスクープ(誤報)を打ったとしましょう。「A容疑者」といった類の人権に関わる深刻なミステイクです。真犯人が別人だと明らかとなった場合、同紙は「訂正・お詫び記事」を掲載するでしょう。しかしながら、それは第一報の数日後であり、社会面の片隅。誰の目にも止まることはありません。第一報の後追いでマスメディアが大挙して押し寄せ、尾ひれはひれを付けられた情報が瞬く間に拡散され、Aさんの人生は、そのほんの数日間で完膚なきまでに叩き潰されます。「悪人」となれば容赦しない。「横並び」であれば怖くない。マスメディアの悪しき性向です。

 

トランプ大統領は大衆操作において、いかにインパクトのある第一報が重要であるかを熟知しているようです。彼がツイッターで「メキシコ合衆国からの不法移民は徹底的に排除する」と発信したとしましょう。するとマスメディアは、こぞって「無謀な政策だ!」と報じ、密入国者に仕事を奪われていた低賃金労働者は拍手喝采します。その数日後に「但し、この政策は来年度から検討する」とツイートしたところで、第一報が大々的に”消費”された後では、インパクトは遙かに小さい。また、マスメディアが批判を繰り返そうが、「そうは云っていない。最後までツイッターを読め!」と、反論出来るわけです。4年経ってもまだマスメディアは、トランプ方式に対して有効な手立てを見つけられずにいるようです(一方、主要ケーブル局では、保守系のフォックス・ニュース・チャンネルが6年以上にわたり視聴率首位を独走し続けていることも見逃せません)。

 

翻って我が日本政府はどうか。利に聡い元・府知事辺りがいち早くトランプ方式に気づき、実行に移し始めてはいますがこのやり方、テクニックを真似れば誰でも出来るといった代物ではありません。圧倒的なカリスマ性を備えたリーダーがいて始めて”洗脳”に繋げられる高度な技術です。幸か不幸か現内閣の面々には、まったくオーラがないどころか今頃になってデジタル庁を作るなど、周回遅れも甚だしい。ツイッターもやったことのないような高齢者集団では、ネットを使った大衆操作など夢のまた夢でしょう。

しかしながら、日米のみならず遅かれ早かれネットは情報操作の最前線となります。例えトランプ大統領が落選したところで、第二のドナルド・トランプはやって来る。米マスメディアの奮戦ぶりを他山の石として、この国のマスメディアがいかにスピーディに対抗策を講じられるか。官邸の戦略的な”ネタばらし”を凌駕することが出来るのか。対応力の違いが今後、明暗を分けることとなるでしょう。もう、御大尽のように鷹揚に構えていては先がありませんよ、マスメディアのご同輩たち。