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高市早苗内閣総理大臣は、自由民主党内における脆弱な支持基盤を補うべく「美しい国、日本」ならぬ「日本列島を、強く豊かに」をキャッチフレーズに掲げ、タカ派政策を前面に打ち出すことで政治資金パーティー収入の裏金問題によって愛想を尽かした同党の岩盤支持層の呼び戻しを試みました。

世論調査の結果を見る限り、このイメージ戦略は一定の効果を生み出したかのようにも見えますが国内向けに仮想敵国を作り、排外主義を煽るだけならまだしも、勢い余って「台湾が武力攻撃を受けた場合、これは日本の存立危機事態になり得る」といった取り返しのつかない失言、過ちを犯してしまいました。

私は、高市総理大臣が外交ならびに安全保障分野においてこれまで殆ど実務経験がないことを懸念材料として度々挙げて来ましたが案の定、中華人民共和国政府はこの期に乗じて経済的圧力を強めて来ました。同国に限らず国益を守るため、隙を見せれば一気呵成に攻め込んで来るのは外交の常道です (通常国会の冒頭で衆議院が解散されるだけに同国は、月内にもまたギアを一段上げて来ることが予想されます)。

高市総理大臣はあまりにもナイーヴ過ぎる。さらには周囲に卓越した助言者がいないのか、聞く耳を持たないのか。余りにも対応が遅すぎます。”台湾有事発言”にせよ、中華人民共和国政府が抗議を行った直後に、ありとあらゆる諜報チャンネル、いわゆるインテリジェンスを駆使し”事の真意”を丁寧に説明していれば、これほどの大事に至ることもなかったはずです。

 

そもそも昨年12月5日に公表された米国の国家安全保障戦略 (NSS: National Security Strategy) はお読みになっているのでしょうか。この中でトランプ政権は、伝統的な孤立主義 (Isolationism) への回帰を明確に打ち出しています。第二次世界大戦以降、米国が世界を舞台に繰り広げて来た拡張主義 (Expansionism) を失政と断じ、西半球におけるプレゼンスの確保・保全に専念すると明記。トランプ大統領自らドンロー主義(Don-roe Doctrine) と公言しているように、これは第5代米大統領ジェームズ・モンローが1823年 (文政6年) に掲げたモンロー主義 (Monroe Doctrine)、南北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を謳い、欧州による植民地の新設や独立国家に対するいかなる干渉も米国に対する敵対行為と見做す。よって武力を用いてでもこれを排除すると宣した外交政策の現代版です (第26代米大統領セオドア・ルーズベルトが20世紀初頭に行った”棍棒外交” 〔Big Stick Policy〕 もこの系譜にあります)。

同・戦略を精読すれば、自ずとドンロー主義の対象国はロシア連邦であり中華人民共和国であることが判ります。「米国の裏庭 (backyard) に足を踏み入れるな」。パナマ運河権益の回復や米軍によるベネズエラ・ボリバル共和国への武力攻撃、デンマーク王国の自治領グリーンランド領有 (買収) 圧力も、こうしたニュー・ワールドオーダーの一環として捉えることが出来ます。米国は、粛々と西半球以外の地域紛争からは撤退し”世界の警察官”は辞する、ということです。

年末から現在に至る一連の米国の動きは、中ロに対し「西半球から手を引けば、こちらも干渉はしない」。いわゆるレッセフェール (Laissez-faire) のメッセージ、ディールとも受け取れます。つまるところ、中華人民解放軍が台湾に攻め入ろうが米国は、直接軍隊は投入しない。好戦的だった前・バイデン政権でさえ、ウクライナへの軍事介入には踏み切りませんでした。況してや極東において米兵の命を危険に晒す合理的理由などどこにも見当たらない。米軍が台湾防衛に動かなければ、安全保障関連法に基づく存立危機事態は成立せず、ハナから”台湾有事”は起こりようがありません。

 

米国家安全保障戦略 (NSS: National Security Strategy) のフロントページ

 

しかしながら外交に疎い高市総理大臣は「日米同盟は強固な連携」であると頑なに信じ経済的、軍事的に優位に立つ中華人民共和国に対し強気な姿勢を取ったところで、米国は全面的にバックアップしてくれるだろうと髙を括っている節が伺えます。”台湾有事発言”もそうした過剰な自信、盲信が招いたフライングとも云えます。

ところがどっこい米国は、中華人民共和国に勝るとも劣らずしたたかたです。世界第2位の経済大国に伸し上がった同国と真っ向から事を構えるほどマヌケではありません。寧ろ、中華人民共和国のメンツを立てつつ飴と鞭を使い分け、二極体制を意味する G2 を自ら提唱したように経済、軍事両面において”新・冷戦”の均衡を保つ道を選択しています。習近平国家首席の招きに応じてトランプ大統領が、4月に国賓待遇で訪中するのもその表れでしょう。残念ながら、そこに日本の姿はありません。

ならば遅まきながら”台湾有事発言”を撤回すれば丸く収まるのかと云えば、そうは問屋が卸さない。前言を翻せば、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」においても自衛隊は出動しない、と見做される可能性があります。少なくとも中華人民解放軍が台湾へ攻め入っても、自衛隊は関与しないといった意思表示となる。軽はずみなひと言によって、進むも地獄退くも地獄。将棋に例えれば、まさに”詰んだ”状態となっています。作り笑いをしている暇などありません。

米中による”新・冷戦”に突入した今は「毅然とした態度」ではなく、「老練な対応」が求められているにも関わらず、高市総理大臣にはその素養がなく、周囲に優秀なブレーンもいない。また、故・安倍晋三総理大臣のように環太平洋パートナーシップ協定 (TPP) や価値観外交で中国包囲網を構築するほどの才覚もない。

冷戦期、未だ二流国であった我が国は、日本企業は”風見鶏”と嘲笑されようとも米ソ、そして両超大国の息が掛かった中東や東アジア諸国の間を地道に渡り歩き、絶妙なバランスを保ちながら国益を守り抜き、奇跡の戦後復興を成し遂げました。経済大国と呼ぶにはおこがましい現在の我が国にも、グローバルな大局観と覚悟がなければ生き抜くことは難しい。高市総理大臣は最早、世界は日本を中心に廻ってはいないことを肝に銘じるべきでしょう。