先月28日に行われたドナルド・トランプ米大統領とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領との首脳会談は、記者団の前では前代未聞となる口論を繰り広げた挙げ句に決裂しました。予定されていたレアアース (希土類元素) を含む鉱物資源の権益をめぐる合意文書の署名も見送られ、停戦交渉は暗礁に乗り上げたかのように受け止められています。
日米のマスメディアからは、トランプ大統領の高圧的な態度を非難する声が後を絶たず、米『ワシントン・ポスト』紙は、「米大統領というよりは、映画『ゴッドファーザー』の主人公ドン・コルレオーネのように振る舞った」 (Donald Trump sounded more like Don Corleone than an American president on Friday as he publicly sought to browbeat Ukrainian President.) と、トランプ大統領のロシア連邦寄りの姿勢を糾弾しましたが、果たしてこの会談の目的はどこにあったのでしょうか? 今後の展開は?
まず、この両・大統領を語る上で押さえておかなければならない点は、両者共に優れた”役者”であることです。ゼレンスキー大統領の前職は云わずと知れた喜劇俳優、トランプ大統領も世界的プロレス団体WWEのリングに上がり、ビンス・マクマホン総帥とのビンタの応酬を”売り”にする「億万長者の戦い」 (Battle of Millionaires) で人気を博しました。
ロシア連邦による軍事侵攻の停戦条件として、トランプ大統領はウクライナに対してレアアースや石油、ガス、石炭などの採掘から得られる収益を、これまでの軍事・財政援助の”見返り”として要求しています。戦争によって疲弊し切ったウクライナから貴重な”財産”を毟り取るなど鬼畜の仕業、暴君そのものとマスメディアは書き立てますが、トランプ大統領は前政権が供出した総額1240億ドル (約18兆5000億円) にも上るウクライナ支援 (内、軍事援助は約670億ドル=約10兆円) を今すぐ耳を揃えて返せ、と云っているわけではありません。
新たに着手される資源開発から得られる収益を、ウクライナ政府と米財務省によって設立される新たな基金に拠出し、この基金の権益を米国が支配株主として持つといった壮大なプランです。ウクライナは収益から運営費を差し引いた額の50%を基金に拠出し、拠出額が5000億ドル (約75兆円) に達するまで継続する。これはいわば”復興投資ファンド”であり、戦後復興を見据えた極めてスマートなディール (取り引き) と云えます。と云うのもこの数字は、世界銀行が試算した今後10年間でウクライナの復興に要する資金約4860億ドル (約72兆円) とほぼ合致しているからに他なりません。
下図を見て頂ければわかる通り、チタニウムやジルコニウム、レアアースといった希少資源の多くは現在、ロシア連邦軍が制圧しているウクライナ南部を中心に埋まっています。ゼレンスキー大統領は「プーチン大統領のロシア連邦とは2019年にも協定を締結したが、侵略を防げなかった」とし、この停戦案では「安全保障が担保されない」と主張していますが、こうした地域に米国のプレゼンスが確保出来れば、当然のことながらロシア連邦軍も手出しは出来なくなります (第三者の参入は、基金の汚職防止にも役立ちます)。つまり米国は、これまでの軍事援助ではなく、財政・経済支援を通じてウクライナの復興・発展に長期的かつ安定的にコミットするといった積極的なアプローチを表明しているわけです。
こうした国益が絡むセンシティブな外交上のディールというものは従来、当事者間の”密約”で結ばれるものでしたが敢えてオープンにし、世論を喚起している点に個人的には大きな衝撃を受けました。
ウクライナ国内の貴重な鉱物資源が埋蔵されている位置を示した地図 (英BBC作成)。ロシア連邦軍の支配地域が多く含まれているのがわかります。
停戦交渉がウクライナ抜きで、米露首脳によって進められていることに嫌悪感を抱く読者も多いものと思われます。今回の停戦交渉は、大国のみで第二次世界大戦後の国際秩序を定めたヤルタ会談に酷似しています。両大国が紛争収拾の枠組みを決定した後に、当事国に賛否を問う。こうしたトップダウンのパワープレイには反発が付きものです。
ではゼレンスキー大統領はトランプ大統領の提案を拒み続けるのでしょうか? そんなことはありません。トランプ大統領が4日に行われた施政方針演説で明らかにしたように、彼は会談後すぐさま「ウクライナは恒久的な平和を達成するために、出来る限り速やかに交渉の席に着く用意がある。ウクライナ国民ほど平和を望んでいる者はいない。(中略) 鉱物資源と安全保障に関する合意についてもウクライナは、あなた方の都合の良い時にいつでも署名する準備が出来ている」と綴った書簡をトランプ大統領へ送り、賛意を明らかにしています。
ならばなぜ彼は、世界が注目する首脳会談の場において強硬な態度を取り、交渉を決裂させてしまったのでしょうか? それは、戦時下の大統領としては当然の振る舞いであったと云えます。3年間も死闘を繰り広げて来た大半のウクライナ国民は、ロシア連邦に対して拭い切れない不信感、さらに云えば憎悪の念を抱いています。ゼレンスキー大統領が、米露の停戦案を二つ返事で受け入れてしまえば、戦場で闘っている兵士はもちろんのこと戦闘で親族を失った国民の逆鱗に触れることは確実です。こうなると交渉は難航を極めることとなる。よってまずは、「こんなものを呑めるか!」と席を蹴り、ウクライナ国民のプライドを満たし、溜飲を下げさせる必要があった。その上で、一日も早く戦闘を終結させ、国民の命と財産を守るため、不本意ながらも提案を受け入れる、といったシナリオだったのではないでしょうか。もしもこの通りであったならば、まさに一世一代の大芝居を打ったことになります。
米政府は、キリスト教の復活祭である4月20日までに停戦を実現したいとしていますが、おそらくそれまでには条件付きながらも両国間の停戦は成立するでしょう。問題は、どのような条件が双方に課せられるのか? 調停役である米国が、ロシア連邦からどの程度の譲歩を引き出せるかに掛かっています (すでに米国は停戦調印後、ロシア連邦がウクライナに再侵攻した場合には、速やかにウクライナの北大西洋条約機構 〔NATO〕 への加盟を承認する、と脅しをかけています)。これからが交渉の本番、外交の”華”または”闇”とも云える密約の出番となります。