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  トランプ大統領は、何かと云えば”フェイク・ニュース”と騒ぎ立て、マスメディアとの対決姿勢を強めて来ました。ならば彼は単なるおバカさんなのか? と云えば、事はそれほど単純ではありません。私は、彼ほどマスメディアの優秀さを熟知している政治家は他にはいないように思います。

 

  かつてイエロー・ジャーナリズムと蔑まれていた報道のクオリティと社会的地位を現在のポジションにまで引き上げたのは、云うまでもなく米国です。私自身、米大留学中にフィラデルフィアのローカルテレビ局でインターンを始めて以降、同国のメディア関係者らと交流を深めて来ましたが、彼らのレベルの高さには幾度となく驚かされました。もちろんすべてのジャーナリストが優れているわけではありませんが、彼らの仕事振りに身近に接すると、マスメディアが”第4の権力”と称される所以が良くわかります。

 

  ドナルド・トランプという人物は、大統領の座に着く以前から、マスメディアに幾度となく袋叩きにされ、上げられたかと思えば下げられる傷だらけのジェットコースター人生を歩んで来ました。彼は、こうした経験を通じて”学習”したのでしょう。彼がリアリティ番組『アプレンティス』(The Apprentice)の司会を引き受けたのも、そうした”勉強”の一環だったように思います。虎穴に入らずんば虎児を得ず、です。

 

私も常々感じることですが、米国のみならず日本でも(良質な)ジャーナリストには、一定の思考回路が存在します。事象を徹底的に取材・分析し、論理的に記事を組み立て、最も効果的なタイミングで公にする。特にディベートの国、米国ではロジカルなプロットで理論武装していなければ、海千山千の政治家には到底太刀打ち出来ません。しかしながら、実はここに落とし穴があります。トランプ大統領は、そこに活路を見出したと云えば、言い過ぎでしょうか。

 

まず彼は、インテリの集合体であるマスメディアとの”共通言語”を意識的に外して来た。まさか大統領がそんな発言をするはずはない、と律儀に考えるマスメディアは裏取りに走る。彼の発言の真意を探るまでには一定時間を要します。そうこうするうちにトランプ大統領は、矢継ぎ早に次の一手(問題発言)を打つ。途端にマスメディアは混乱状態に陥ります。

 

ポイントは、スピードであり機動力です。マスメディアが追いつけないほどの速度で次々と新たな政策を打ち出し、発言を繰り返す、または覆す。加えて、マスメディアの住民ほどひとつの型に填めたがる人種はいません。よって前例がなく、類型化出来ないとなれば忽ち迷路に入り込んでしまう。彼は、強大なマスメディアと戦うには、ここにしか勝ち目がないと踏んだのでしょう。トランプ大統領が、記者会見ではなく自身のツイッターを多用する理由がここにあります。

 

速報性が高いテレビと云えども論説を加えるとなればオンエアまでには数時間を要します。例えばトランプ大統領がツイッターで発言した内容を、1時間後に自ら改めたとしましょう。マスメディアが第1報(速報)の分析を伝える頃には、少なくとも視聴者にとっては”フェイク・ニュース”と映ります。「トランプはそんなこと言ってないぞ」と。ただ、どちらも”嘘”はついていない。非常にトリッキーなやり方ですが、これまでこうしたケースが多々あったように思います。

 

肥大化したマスメディアの盲点を突き、公然と悪しきポピュリズムを押し進めるトランプ大統領。彼のような規格外のトリックスターの登場は、硬直化し切ったマスメディアの在り方をも今後、見直す契機となって行くでしょう。トランプ大統領のこうした手法に拍手喝采するか、詐欺的と捉えるかは、すべて有権者の良識にかかっています。はてさて米国民の判断や如何に?