20211016-1.jpg
 

 

   原爆は、ほんの数秒間で「街」を消し去りました。そこに住む人々のいのち、財産のみならず、伝統も慣習も、人々の想い出さえもすべて、悉くこの地から奪い去ったのです。

   私が、「広島」と本格的に関わった当初、最も驚かされたのは、人類が決して忘れてはならない1945年8月6日という”地獄の一日”を捉えた写真が、ほんの数葉しか残されていない、といった事実でした。通常兵器を用いた殲滅作戦においても、殺戮現場を捉えた映像はほんの僅かしかありませんが、その直後の惨状を伝える”記録”は幾らでも入手することが出来ます。まさに数万人もの人々がカメラを手に取る暇さえ与えられなかった核兵器の、破壊力の凄まじさに背筋が凍る想いでした。

 

   それだけに、不気味なキノコ雲の下で繰り広げられた惨劇は、被爆体験者のこころの中にしか残されてはいません。そうした被爆者の胸の内に深く刻まれた痛み、哀しみ、怒りを今に伝えるのが「原爆文学」です。

   これら極めて貴重な文学資料の数々はこれまで、残念ながら体系的かつ適切に保存・管理されることはありませんでした。そのため劣化、散逸が進む現状に危機感を抱いた私の知人でもある土屋時子さんが代表を務める広島市の市民団体「広島文学資料保全の会」は此の度、原爆詩人の峠三吉や原爆作家 原民喜、栗原貞子が被爆直後に書いた詩や日記などを、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に登録すべく広島市と共同で申請に踏み切りました。

   国内の募集は昨日締め切られ、本審査に応募する最大2件が来月、文部科学省によって選ばれます。この申請には、カナダ在住の被爆者サーロー節子さんやノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の創設者のひとりであるティルマン・ラフさん、マサチューセッツ工科大学の名誉教授 ジョン・W・ダワーさんら国内外から264名もの賛同人が集まっています (私も「賛同呼びかけ人」の末席に加えさせて頂きました)。

 

 

 被爆体験の継承は、二度と核兵器が使用されないように、恒久平和を維持するために、必要不可欠な人類としての責務です。これら「広島のこころ」を伝える文学資料が「世界の記憶」に登録され、世界に核兵器廃絶のうねりがさらに広まることを願わずにはいられません。

 賛同者のひとりとして私は、リーチのある海外メディア関係者約200名に向けて、この勇気ある申請の事実を伝え、微力ながらも目標達成にお力添えさせて頂きます。No More Hiroshimas, No More Nagasakis, for the Eternal Peace on the Earth!

 

今回、申請された資料は、峠三吉が1951年に出版した『原爆詩集』の最終草稿や原民喜が記録した原爆被災時の手帳など5点となります(撮影『中國新聞』)。