世界各国を巡り、幾度となく反政府デモに遭遇して来ました。大衆が集まれば、必ず「うた」が人々の口から溢れ出ます。単発ではなく全国的な拡がりを見せるムーブメントともなれば、プロテスト・ソングが作られ、人々は「歌うこと」で志を確かめ合い、連帯感を強めます。
そうした折には、我が国では考え辛いことですがアジア、欧州、米国でも必ず国歌の大合唱が巻き起こります。世界の国々において「国歌」は、愛国心の発露であり、国民の意思に反した政策を強行する政府に対する抗議活動に際しても、胸を張って「国歌」が歌われます(なぜ故に我が国では「国歌」が特殊な扱いを受けているかについては拙著『国旗・国歌・国民〜スタジアムの熱狂と沈黙』をご一読下さい)。
プロテスト・ソングは、非常に興味深い音楽ジャンルです。民衆の切なる願い、心の叫びをメロディーに載せる。1960年代、公民権運動やベトナム反戦運動が燃え盛った米国では、ボブ・ディランの『Blowin’ In The Wind』(風に吹かれて)が精神的支柱ともなりましたが、実際のデモンストレーションにおいては『We Shall Overcome』(勝利を我らに)がより広範に歌われていました。原曲はアフリカ系米国人のチャールズ・A・ティンドリー牧師が1901年に作曲した黒人霊歌『I’ll Overcome Someday』(私は、いつの日か克服する)で、労働歌を中心にフォーク・ソングの復興 (Folk Revival Movement)に寄与した歌手ピート・シガーがカバーしたことから世に知られるようになりました(47年に彼が編集した冊子『民衆の歌』[People’s Songs Bulletin] には ”We Will Overcome”として楽譜が収録されています)。
ミャンマー連邦共和国でも軍事クーデター以来、様々なプロテスト・ソングが作られ、抗議デモで歌われています。最もポビュラーとなった曲は、『A Lo Ma Shi』(No Dictatorship: 独裁はいらない)でしょう。優れたプロテスト・ソングの必須条件として、歌詞の内容はもちろんのこと、老若男女を問わず一度聴いたら忘れない、誰でも歌えることが挙げられます(これは国歌や社歌にも共通する要素です)。私もこの曲の旋律はすぐに覚えてしまい、サビの部分だけは歌えるようにもなりました。
歴史を繙けば、反政府運動の際に国民によって歌われた愛唱歌が、後に国歌として制定されるケースが多々あることに気づきます。ミャンマーでも、民主的国家が成立した暁には、これらプロテスト・ソングの中から国民統合の歌「国歌」が誕生するかも知れません。
▼参考までに、私が訳した和文を添付しておきます。
あなたひとりが 傷ついているわけではない You won’t be suffering alone
あなたの子どもたちが応援している Your children are waving at you
あなたたちの声が聞こえる We can hear your words
私たちを後押ししてくれている That we lift on our shoulders
いかに状況が苛酷であろうとも No matter how hard the situation gets
私たちが最後には 勝利を収めると信じよう Let’s believe we can overcome it all
私たちが連帯すれば If we push together
すべての閉じられた扉は開かれるだろう All the closed doors will be opened
一本の大木は One tree has to be good
数千の鳥たちの栖となる For thousands of birds to live in
私たちは 真実を取り戻さなければならない We have to get the truth back
そして 最後まで戦い続けるだろう Or we will fight until the end
鍋とヤカンを叩けば Put pots and pans in front then
私たちは 悪霊を追い払うことができる We’ll chase them away like as if they are ghosts
勝利の暁には ダンスも楽しめる We may dance if we won
それまでには 多くの血が流されるだろう Before that our blood has to be thick
すべての閉じられた耳は開かれるだろう All the closed ears will be opened
私たちが 声を合わせて叫び声を挙げれば Only if we shout together
独裁政権を追い払おう Let’s chase away the dictatorship
私たちは 必要としていない We don’t need (We don’t need)
人々は 拒否している People are rejecting
私たちは 必要としていない We don’t need (We don’t need)
鍋とヤカンを共に叩こう Banging pots and pans together
私たちは真実のために 勇気を奮い起こす We need to be brave for the truth
抗議しよう Let’s protest
真実の側に立とう Let’s stand on the side of truth
民主主義を勝ち取るのが 私たちの使命 To get the Democracy is our mission
ストライキに加わろう Let’s Strike(Let’s Strike)
私たちの革命は 勝利する運命にある Our revolution must win
【注釈】 ミャンマーには古くから、鍋やヤカンを叩けば悪霊は退散するといった迷信があります。
歌詞を読んで頂ければわかるように、徹底した市民的不服従運動(CDM)を呼びかける内容となっています。犠牲は出そうが非暴力主義を貫く彼らの平和的革命が成就することを願わずにはいられません。
こちらは1988年の民主化運動当時から歌い継がれているプロテスト・ソング『カバマチェブー』 (世界が終わるまで私たちは諦めない)。米国のプログレッシブ・バンド カンサスが1978年に発表した『Dust in the Wind』の替え歌です。