「親愛なる国連の皆さん。お元気ですか? それは良かった。ミャンマーは死にかけています」(Dear UN, How are you? I hope you are well. As For Myanmar, we are dying.)と書かれたプラカード。
ミャンマー連邦共和国の国家統一政府(NUG)が昨日、国家統治評議会(SAC)に対抗する手段として”連邦軍”の前段階である国民防衛軍(PDF)の創設を公表したことで、ミャンマー情勢は悲しいかな、さらなる混沌へと突き進むこととなりそうです。
治安部隊そして国軍によって為す術もなく殺されて行く無防備な市民たちを”防衛”することが目的であるとは云え、こうした「目には目を 歯には歯を」への方針転換は、現時点において最悪の選択であると云わざるを得ません。まずもってSACに、NUGおよび支援する市民たちは”反政府勢力 = テロリスト”であるとのお墨付きを与え兼ねない。こうなると抗議デモに対して国軍が、大っぴらに重火器や戦車といった戦闘車両を大量に投入し、制圧というよりは”殲滅”に転じる可能性があります。一方、先鋭的な一部民主勢力も少数民族武力組織から武器の供給を受け、ゲリラ闘争に転じる懼れがある。いわゆる「内戦」の勃発です。
その結果、起こり得る事態は、これまで非暴力主義を掲げ、市民的不服従運動(CDM)を我慢強く貫いて来た一般市民の反発、離反です。軍事クーデターから約3ヶ月を経て、CDMの影響で市民生活は困窮を極めています。生活物資は欠乏し、医療崩壊も生じています。それでも、夢にまで見た民主主義を実現させるため、身内が殺されようが、食料が枯渇しようが、歯を食いしばって闘って来た庶民たちの我慢もすでに限界に達しつつあります。この上、市街戦が頻発するようにでもなれば、誰もNUGを信頼しなくなるでしょう。
現時点においてさえ、SACを擁護する市民も決して少なくはないことを忘れてはなりません。CDMに耐えきれず職場や学校に復帰する公務員も増えているとの報告もあります。数千人もの犠牲者を出した1988年の民主化運動の敗北を思い返し、恐怖心から再び口を閉ざし、行動を控える人々が増加することも予想されます。”裏切り者”と罵倒するのは容易い。しかしながらミャンマーの人々は我々とは異なり60年以上もの間、軍事独裁政権下にあり、軍隊の残忍さは骨身に染みて知っています。心が折れても責めるわけには行きません。
アウン・サン・スー・チー党首を始めとする国民民主連盟(NLD)の主要メンバーが相次いで治安当局によって拘束される中、NUGの創設はSACとの対立軸を作る、民主化を後押しする国際社会の受け口を設けるといった点においては大いに意義がありました。しかしながらあくまでも”留守番部隊”といった色彩が強く、NUGとしての明確な指針は今以て打ち出せずにいます。少数民族との和解に基づく挙党態勢は、政綱としては理想的ですが、そのためにはカリスマ性を有したリーダーシップがどうしても必要です。そのような求心力は、残念ながら今のNUGにはありません。
一方で、今回のPDFの創設意図の公表は、国際社会に対する「最後のメッセージ」と受け取ることも出来ます。ミャンマー情勢に精通していれば、「これで内戦は避けられなくなった」と誰しもが予想することでしょう。外交筋であれば云わずもがなです (但し、PDFの構成・人員・装備などに関する具体的な発表が為されていないため、個人的には実現する可能性は極めて低いと捉えています)。これまで国軍の武力弾圧によって多数の死傷者が出ていることを把握し、”保護する責任”(R2P)を掲げながらも、実質的なアクションを起こさなかった国連安全保障理事会に対する捨て身の”最後通告”とも云えるのではないか。
国連安全保障理事会は、速やかに意思統一を図り、”内政干渉”の枠組みを超えて調停交渉に乗り出すべきでしょう。私は、そもそもミャンマー社会に分断と憎悪をもたらした旧・宗主国である英国が旗振り役となり、平和維持活動や場合によっては軍事介入も厭わないカナダやオーストラリア連邦、ニュージーランドといった英連邦王国 (Commonwealth realm) を軸とした”有志連合”を結成し、交渉役を自ら買って出るべきだと考えます。植民地主義で栄華を極めた大英帝国の落とし前をつけることが、今の英国には求められています。
国連安全保障理事会において、ミャンマー問題への積極的な介入には難色を示して来た中華人民共和国は、云うまでもなく極めて重要なポジションを占めています。地政学的にも経済的にも中国は、ミャンマーとは浅からぬ利害関係を共有しているため、外交評論家と称される方々の中には「すわ、米中代理戦争の始まり」と煽り立てる輩も散見されますが、私はそうは思いません。
強大な経済力、軍事力を擁した現在の中国外交は極めてしたたかです。冷徹な現実主義者でもあります。あくまでも私個人の予想に過ぎませんが、傍観しているとみられている中国は、すぐさま”攻め”の姿勢に転じ、国連といった枠組みの外でSACと水面下の直接交渉を行い、国軍による武力弾圧の一時停止を約させるのではないか。ミャンマー問題の、あくまでも”暫定的な”事態収拾に主導的役割を果たすことで、大国インドとの緩衝地帯に位置するミャンマーの行く末を左右するキャスティングボードを握るのではないか、と考えます。
いずれにせよ、中印米といった大国の思惑に翻弄されることなく独立性を維持し、民主主義を獲得するためには非暴力を堅持し、CDMを粘り強く継続し、民意を反映した平和指向の新政権を樹立するしか手立てはないように思います。そこで日本政府には何が出来るのか、何を為すべきなのか。外務省・南東アジア第一課の情報収集力と分析力、そして外交政策提案力が今、問われています。