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   5月2日、晴天。東京・日比谷公園には、告知された午前10時を待たずして数え切れないほどの全身黒ずくめのウェアに身を包んだ人々が続々と集まっていました。手に手に赤や黄色のプラカードを持ち、右手に嵌められた白い手袋の3本の指先には、赤ペンキがべっとりと塗られていました。

この日、ミャンマー連邦共和国を含む世界18ヵ国41ヵ所において、軍事独裁政権の弾圧に抗議する『グローバル・スプリング・レボリューション・マーチング・ラリー』が大々的に開催されました。東京のデモ参加者数は、主催者発表で3,000人。規制にあたっていた警察官も「今日は人が出てますねぇ〜。1,500人は優に超えているんじゃないですか」と驚くほどの人々で溢れ返っていました。男女比は半々。私が見たところでは、女性の方が気持ち多かったように思います。

律儀にアルコール消毒を済ませた参加者たちは、やがて整然と列を成し銀座、京橋を経て目的地である日本橋へ向かって粛々と行進を始めます。カタコトの日本語でシュプレヒコールが繰り返されていましたが、それもそのはずで参加者の 8割以上はミャンマー出身の若者たちで占められていました。

 

 

現場に立ち会った私の第一印象は、誤解を懼れずに云えば「カッコイイ!」に尽きます。仕事柄、これまで数多くのデモ行進に立ち会って来ましたが、これほどスタイリッシュにコントロールされた隊列を国内で見たのは初めての経験でした。何よりも優れていたのは、主張がブレることなく明快であった点です。「軍事独裁政権反対」、「武力弾圧阻止」、そして「民主派議員の解放」の3点でまとまっていました(日本国内のデモでは様々な団体が合流するケースが多いため、往々にして主義主張がばらけてしまい、焦点が曖昧になる傾向が見受けられます)。

報道陣を見つけると皆、口々に「ありがとうございます」と会釈して行きます。警察官の誘導に従い、決して列は崩さない。解散後も速やかに場を離れるなど、初対面同士が大挙して集まったにもかかわらず一糸乱れぬ団結心の強さには驚かされました。当日は、緊急事態宣言の最中で、銀座にも人影はまばら。多くのオフィスや店舗も閉じられてはいたものの「お騒がせしてしまって申し訳ありません」といったミャンマー人ならではの奥ゆかしさ、心遣いがそこここに感じられました。

 

 

「カッコイイ!」と感じた最大の理由は、参加者の大半がデジタルネイティブのZ世代 (Generation Z: 1990年代半ばから2010年代前半に生まれた若者たち)であったことに起因しています。国軍による弾圧によって尊い命を失ったヒーローたちを悼み、彼らに敬意を表するために揃って身につけた上下黒で統一されたコスチュームと黒マスクは、ふとジャネット・ジャクソンの『リズム・ネイション』(1989年)のPVを思い起こさせました。民主化運動のシンボルである3本の指を染めた紅色は、流された血の色を表していると云います。こうしたシンボリックなアイコンの用い方にも若者ならではのセンスの良さが感じられます。私は今年2月24日の投稿『Don’t Trust Over 40 and Under 80.』で、若者たちには「40歳から80歳の日本人は信じるな」と説いていると綴りましたが、今回のデモではまさに30代以下の若者たちが主導する新たなプロテストのスタイルを垣間見ることが出来、改めて反体制運動の形態や行動様式も、Z世代によって”改革”されるだろうとの思いを強くしました。

「カッコイイ!」といった表現は、およそ抗議活動の本質からは外れていると思われる方もいらっしゃるでしょうが、あらゆるプロモーション、プロパガンダにおいて極めて重要な要素です。訴求力なきところに共振力は生まれません。

 

 

主催者のひとりであるスェイさん(28歳)は来日4年目。簿記の資格があるため都内で事務員として働いていると云う彼女にデモ解散後、話しかけてみると、例によってこの無国籍な風貌です。

「あれ? ヤンゴンでお会いしたことありませんでしたっけ?」と、流暢な日本語で応じてくれました。

今回のデモは、海外から彼女に連絡が入り、東京でもラリーに参加して欲しいとの打診があったことがきっかけでした。情報発信はすべてSNS。これほど多くの人々が一堂に会したことについて、

「やはり皆、母国の状況が心配でならないんだと思います。テロリスト(軍事独裁政権)は絶対に許せません。私たちは、残念ながら母国の仲間たちと共にデモに参加することは出来ません。安全な場所に身を置いています。それでも、同じ信念と覚悟を持っていることを伝えたかった。怖くなんてありません。母国で闘っている仲間たちのことを想えば」と云います。

 

 

   参加者が掲げるプラカードのひとつには、「Let us be the LAST GENERATION under Dictatorship」(私たちを、独裁政権下では最後の世代としよう)といったメッセージが記されていました。過去60年以上にわたり、私たちの祖父母も両親も、軍事独裁政権によって自由を奪われ、平和の”へ”の字も知ることはなかった。民主主義がどういうものか、本当のところはわからない。でも、私たちはどうなってもいい。次の世代が享受出来るのであれば、私たちは喜んでこの身と命を捧げよう。そんな真っ直ぐな、純真な情熱が、その一句、一句から迸り出ていました。彼らは、本気で民主主義を勝ち取るために命を張っています。

 

   別れ際、スェイさんに3本指を立てて見せると、彼女も同じく、キラキラした人なつっこい微笑みと共にサインを寄越してくれました。再会を約し、仲間たちと丁寧にお辞儀をして去る彼女の後ろ姿を見送りながら私は、彼ら、「正義」を求める若き”闘士たち”が、国軍と対峙する”戦士たち”となる日が来ないことを心の中で祈りつつ、珍しく真っ青に晴れ渡った銀座を後にしました。彼らの愛国心に満ち溢れた誇り高き姿を、私はこれからも決して忘れることはないでしょう。

 

撮影: 弓狩匡純 編集: Avi

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