ロックの名曲を、まったく異なるジャンルのミュージシャンがカバーする、といったケースは珍しくありません。クラシック風にアレンジした室内管弦楽団の静謐な調べやゴスペル風に歌い上げるパワフルなソウル・ミュージシャン等々。先にご紹介したスイングジャズ・バンドのポストモダン・ジュークボックスもその好例でしょう。日本の歌謡曲でも、古いところでは雪村いずみさんが『火の玉ロック』(これまたスゴい邦題です! 原題は ”Great Balls Of Fire”)を、”和製プレスリー”と呼ばれた小坂一也さんが『ハートブレイク・ホテル』をカバーして大ヒットを記録しました。今、改めて聴き直してみると、何とも垢抜けない”いなたさ”がいい味を出していたりもします。最近のロックバンドはオリジナル重視なので、洋楽のカバーを耳にすることは殆どなくなってしまいました。
そんな、云ってみれば B級とも云えるコピー・バンドの世界ですが、上には上がいる。突き抜けた発想が苦手な我々日本人の、想像を遙かに超えるバンドがドイツ連邦共和国にいました。ザ・ハイマットダミッシュ (The Heimatdamisch)。南部バイエルン州出身の8人組バンドです。バイエルン? あの ”オ〜デル オ〜 イディ〜♪” でお馴染みのヨーデルの”産地”ではありませんか。まずはコスチュームをご覧下さい。男性は膝丈ほどの半ズボン。農夫たちの作業着レーダーホーゼン(Lederhosen)ですね。女性はエプロン必須の魅惑的なディンドゥル(Dirndl)。はい。オクトーバーフェストやビアフェスでお目にかかる絵に描いたような民族衣装です。バンドの構成も、チューバやアコーディオンを主体とした典型的なバイエルン・オームパ (Bavarian Oompah ) となっています。
曲は何と1980年代に全世界で1億枚以上のアルバル・セールスを記録したハードロック・バンド ガンズ・アンド・ローゼズの『スウィート・チャイルド・オブ・マイン』(Sweet Child o’ Mine)♪ ふむふむ。なかなかアットホームないい感じの”入り”じゃあないですか。と油断していると、いきなりコニー・クレイトマイヤーさんの強烈なヴォーカルがぁぁぁ…。朝も早よから、お腹の皮をたっぷりよじって頂きましょう。
我が国にもこうしたコミック・バンド (失礼っ!) の系譜はありました。戦前はエノケン・ロッパに冗談音楽の嚆矢とされるスパイク・ジョーンズ&ザ・シティ・スリッカーズの日本版あきれたぼういず。戦後になると横山ホットブラザーズや玉川カルテット。ハナ肇とクレージーキャッツがいればザ・ドリフターズもいました。ザ・ドリフターズの前身であったサンズ・オブ・ドリフターズ(マウンテンボーイズと東京ウェスタンボーイズが合併) には、坂本九さんや木の実ナナさんも在籍していたことからもわかるように、いずれもレベルの極めて高い音楽集団でした。
ザ・ハイマットダミッシュも同じくですが、技術とセンスが伴わなければ笑いは取れません。笑いはリズムが命。音楽とて、しかめっ面して聴いていたって楽しくも何ともありません。残念ながら、この分野でも、日本にはもう後継者がいなくなってしまいました。スタイリッシュな批判精神、そして”まがいもの”を受け入れるだけの精神的余裕を、私たちは失ってしまったのかも知れません。