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   笑門来福たぁよく云ったもんで、コロナかコンロかコンコンチキだか知らねぇが、いくら眉間に皺を寄せたところで、えびっさんはやって来ねぇ。ならば、家んの中に篭もってしけた面をぶら下げていたって始まらねぇ。てなわけで先日、知己の噺家 柳家さん生師匠の独演会に、喜び勇んで馳せ参じてまいりやした。

   夕闇迫る東京・中野は生憎の空模様。蛇の目傘のひとつもすいっと開きゃあ男っぷりも上がろうってなもんだが、こちとらそれほど粋人じゃありゃしねぇ。肩を濡らす五月雨もそのままに、『砂場』ならぬ近場の蕎麦屋の暖簾を潜り、ざるをつるっとばかりに腹に収めると、出囃子が耳をくすぐる横丁の木戸を目指したってぇわけだ。

 

   最初の演目は『亀田鵬齋』。師匠の十八番のひとつが初っ端から聴けるなんざぁ、ちいとばかり山葵が効いてるじゃあござんせんか。この噺、化政文化期に天下無双の書家として名を馳せた鵬齋が、屋台を曳く平次に「おでん 燗酒 平次殿 鵬齋」と揮毫した小障子を贈ったことから巻き起こる顛末を描いたもの。さすがは名人上手。師匠のオツム、ではなく語り口がつるり、つるりと心に染み入りやした(余談ですが、普段は柔和な師匠ですが、厳しい顔をされると誠に失礼ながら、意外に男前ってぇことに気づきやした)。

 

 

   仲入り後の一席は『試し酒』だ。師匠が弟子入りした五代目柳家小さん(落語界初の人間国宝)が得意にしていた昭和初期の新作落語。いやぁ、酒を嗜む師匠ならではの枕には笑わせて頂きやした。どんな小料理屋がいいかってぇ話なんですがね。師匠がやたらと力説するところによりゃあ、「小料理屋」と「未亡人の女将」がベストマッチだってんだ。いやぁ〜、シビれたね。確かに色気のない小料理屋なんざぁ、魚屋が昼間っからお銚子片手にくだ巻いてる築地場外市場の立ち飲み屋と何ら変わらゃしねぇ。襟をくいっと抜いたところにかかる数本の後れ髪。これに勝る肴なんてありゃしません。

   でもって『試し酒』だが、これがまた大酒飲みの噺と来ている。近江屋の下男 久蔵が五升の酒を飲み干せるかどうかを尾張屋の主人と賭ける。見事な飲みっぷりに度肝を抜かれた尾張屋が「さっき出て行った時に、酒に酔わない薬でも飲んだのか」と質すと、「五升もの酒を飲んだこたぁなかったので、表の酒屋で試しに五升飲んで来た」というオチ。

さすがは師匠、飲み助の描写が秀逸だぁ。とは云え、準禁酒法下のお江戸では、これは罪だよ、さん小師匠。幕が下り、夜の帳が下りた中野の飲み屋街に出てみれば、緊急事態宣言などどこ吹く風。しょんべん臭ぇあんちゃんや、しょんべん垂れのおっさんがあちらこちらで飲み倒しているじゃあござんせんか。さすがにこりゃマズい、てなわけで師匠の話芸に酔っ払っちまったフリをして、そそくさと中央線に飛び乗り帰途に着きましたとさ。

 

   いやぁ、一日も早く美味い酒を誰にも遠慮せずたんまり飲みたいもんだ。いいねぇ、路地をすいっと曲がったところに佇む小料理屋なんて。

「おい、女将っ! 盃に髪が入ってんじゃねぇか!」

「おまえさん、大きな声を出すでないよ。それはね、おまえさんのためだけに浮かせてあげたのさ」

今も昔も男なんてぇものは、馬鹿が葱しょって歩いているようなもの。落語は、てめぇの馬鹿さ加減を嗤うもの。今回も、すっかり笑わせて頂きました。截髪易酒のおもてなし、誠に有り難うございました。てな案配で、本日もそろそろおあとがよろしいようで。

 

【追記】 新型コロナウイルス感染拡大を最大限に憂慮され、楽屋での接触は一切御法度。ご挨拶もリモート越しだったため、残念ながら師匠とのツーショットは叶いませんでした。