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   昨年の今日、中華人民共和国の全国人民代表大会常務委員会は、『中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法』(香港国家安全維持法)を、香港特別行政区基本法の付属文書として追加する決定を全会一致で可決。習近平国家主席と林鄭月娥行政長官により午後11時(現地時間。日本時間は明日午前0時)に公布され即日、施行されました。この日は、香港市民の言論の自由と政府に対する抗議活動の息の根が止められた、まさに暗黒の日として記憶されることでしょう。

 

   香港は、私にとってアジアへの最初のゲートウェイでした。若き日に、ロックバンド 安全地帯を愛する人と恋に落ち、日中の文化の違いを身を以て知り、猥雑で魅惑的な雑踏に魅了、翻弄され、やがて英国からの香港返還(1997年)には取材者として立ち会い、得難い友を得、そして失った愛惜の地でもありました。今はもう、あの香港はありません。

「一国二制度」(英中共同声明によれば2047年まで)が事実上、反故にされ、香港島は強大な中国の一地方都市として呑み込まれました。世界第二位の経済大国となった中国の”出島”として、新たな発展の道を辿る可能性が高いとは云え、私にアジアの熱風を吹き込んでくれたあの愛しきHONG KONGは最早、この世には存在しません。

 

 

この”一周忌”にこの曲を捧げます。私が敬愛して止まないアーティスト玉置浩二さんが2015年11月13日に香港のアジアワールド・エキスポ・アリーナで8000人以上もの大観衆を前に開催した『玉置浩二 プレミアムシンフォニックコンサート in 香港』からの一曲、『行かないで』です。

 

〽 いつか心は いつか 遠いどこかで

  みんな想い出になると 

知らなくていいのに

知らなくていいのに

Ah 行かないで 行かないで

どんなときでも はなさないで

Ah 行かないで 行かないで

このままで

 

ご周知の通り玉置さんは、香港のみならずアジア各国でも絶大な人気を誇っています。彼が作曲したこの名曲も(作詞 松井五郎)、日本人ながら中国人女優として戦時下の中国大陸で一世を風靡した山口淑子さんの名を冠した『李香蘭』のタイトルで知られ、香港の人気歌手 張學友さん(ジャッキー・チュン)がカバーし、大ヒットを記録しました。

このコンサートで玉置さんは、サビの部分を広東語の歌詞「像花雖未紅」に置き換えて歌っています。これは「花のようでいて まだ紅くなく」という、今となっては非常に意味深長なフレーズです。香港よ、行かないで、はなさないで、このままで。

 

   香港返還前後から、この島からは多くの人々が故郷を捨て、海外へと移住して行きました。今回、香港国家安全維持法が施行されたことを受け元・宗主国の英国が、香港返還前に生まれた香港市民に向けて発行した「英国海外市民(BNO)旅券」の保有者に対して市民権獲得の道を開いたことから、この1年間で10万人を上回る人々が渡英したと推定されています(今後5年以内にその数は最大で80万人に上るとも云われています)。

 

私たちは幸運なことにも、生まれ育った故郷から脱出し、流浪の民とならざるを得なかった経験を持ってはいません。しかしながら世界に目を向けると、総人口の1%に相当する7950万人もの人々が、様々な理由により祖国を追われています(2019年末時点。国連難民高等弁務官事務所調べ)。

安住の地を持たない、持つことが許されない人々がいる。この日、この曲を演奏した香港シティポップ・オーケストラのメンバーの中にも、すでにこの地を去った方がいるはずです。彼らは年を経て、故郷を懐かしみ、ひとりこの曲を奏でるのでしょうか。さらば香港、愛しき島よ。

 

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