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   私と「社歌」との出会いは、20年以上も前に遡ります。ある取材で、関東近県の電子機器メーカーにお邪魔した際、偶然にも工場に出勤して来られた社員の方々が、ラジオ体操〜社歌斉唱といったお決まりのルーティンをこなす場面に出くわしました。当時の私は、多くの皆さんと同じように「社歌はダサい」といった固定観念に囚われていました。特に洋行帰りの私は、全体主義を絵に描いたような”斉唱”には、どうしても馴染むことが出来なかった。

 

  ところが、ひょんなことから歌詞を繙いてみたところ、目から鱗がパラパラと剥がれ落ちる経験をしました。「もしかしたら、社歌を通して日本企業の底力の源泉を探ることが出来るかも知れない」。

  それからというもの私は、社歌に関する情報や資料をせっせと集め始めました。そもそも社歌は学際的なコンテンツであるだけに、日本広しと云えども研究者は皆無。社歌に興味を抱く”変わり者”などただのひとりもいなかったため、まさに徒手空拳で一から取材せざるを得ませんでした。

その頃、社歌は門外不出、というよりも社内でのみ使用されるプライベート・コンテンツであったため、ネット上にアップしている企業などありません。図書館で片っ端から社史にあたり、友人知人を辿っては各社の音源を集めて歩きました。こうしてデータを集積して行く過程で私は、社歌が日本独自の企業文化であることを突き止め、その歌詞からは明治以降、欧米列強に追いつけ追い越せと前のめりで発展して来たこの国の近代産業史をも垣間見えることが出来ました。加えて、北原白秋や山田耕筰、服部良一といった錚々たる作詞家、作曲家たちが綴った幻の名曲の数々にも触れる機会を得ました。

 

こうした成果は、2006年に上梓した拙著『社歌』(文藝春秋刊)によって結実します。社歌を扱った本邦初の書籍となったこの作品は、お陰様で企業経営者を中心に大きな反響を呼びました。その後も200社以上に取材し、社歌の歴史的、社会的背景を体系的に繙き、今回が社歌の”第4次ブーム”といったフレーズも定着させることが出来ました。

 

そして今、全国に埋もれていた優れた社歌や新たな時代に則した洗練された社歌が一堂に会する『NIKKEI 全国社歌コンテスト』(主催 日本経済新聞社)がスタートし、昨年度は応募社数が193、累計投票数が何と68万に達する我が国が誇る企業文化を讃える一大イベントにまで育って来ました。私も審査員に名を連ねる同コンテストは今年で第三回を迎え、10月7日(木)まで応募社を募っています。クオリティは年々確実に高まっており、社歌は最早”ブーム”ではなく、”トレンド”に移行しつつあることをひしひしと感じています。

新型コロナウイルスの影響で、中小企業を中心に日本経済は深刻な打撃を受けています。この未曾有の非常時をいかに乗り切るか、再生に向かって踏み出すか。社員の結束力が試される今、歌の持つパワーが見直されています。心に太陽を、唇に歌を。愈々、今年も社歌の祭典が始まります。

 

画像をクリックすると第三回『NIKKEI 全国社歌コンテスト』の公式ホームページにリンクします。