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今月3日、第四回『NIKKEI 全国社歌コンテスト 2023』(主催 日本経済新聞社) の決勝戦が開催され、恒例の「弓狩匡純賞」には、キーコーヒー株式会社様の社歌『Coffee named Passion』を選ばせて頂きました(総合第4位)。

応募総数125の中から激戦を勝ち抜き決勝戦へと駒を進めた12の社歌・団体歌は、いずれも甲乙つけ難い出来映えであり、審査は困難を極めました。その中から審査員賞に同社の社歌をセレクトさせて頂いた理由は、私が無類のコーヒー好きだからというわけではなく、同曲が社歌に必要とされるすべての要素を満たしていたからに他なりません。

 

社歌は、会社の”主題歌”です。ワンクール3ヶ月で寿命を終えるコマーシャルソングとは異なり10年、50年。否、場合によっては企業が存続する限り歌い継がれる社歌には、社会情勢の変化にも揺るがない、業績の善し悪しにも動じない確固たる普遍的メッセージが込められていなければなりません。社歌の歌詞を繙けば、組織体の哲学や歴史、そして理想がつぶさにわかる所以です。

また企業には、様々な性別や年齢、職能を備えた人々が集い、ひとつのユニットを構成しています。そのため社歌には、例え音楽的には優れていようとも難解なもの、先鋭的な旋律はそぐわない。誰でも一度聴けば覚えられる、歌える、または口ずさめる。まさにヒット曲と同様の親和性が求められます。

 

 

こうした観点から『Coffee named Passion』を繙けば、先ず以て創業100周年(2020年) を機にリニューアルした「鍵」をあしらった社章がさり気なく歌い込まれていることがわかります (「手のひらの鍵 握りしめ」)。同社の創業は1920年(大正9年)、柴田文次氏が横浜市中区福富町で国産コーヒー焙煎加工卸および食品販売を手掛けたのが始まりでした (当時の社名は木村商店)。その後、同社は関東大震災や横浜大空襲によって店舗を焼失しながらも力強く立ち直り、一世紀もの長きにわたり我が国のコーヒー文化を育んで来ました。その熱き想いが「情熱という名のコーヒー」といったタイトルに、物の見事に集約されています。

 

この社歌は、「2 世紀企業スタートアップ」をテーマに、社員の心をひとつにすべく同社代表取締役社長の柴田裕氏が自ら作詞作曲を手掛けたと云います。これまで社歌は、創業者が作り、社員が”歌わされる”といった先入観がありましたが、実は戦前から歌詞は社内公募が大半を占めるなど極めて民主的な企業文化として根付いて来ました。

その意味においては異質な社歌とも云えますが、この『Coffee named Passion』については僭越ながら玄人はだしのクオリティを有したメロディライン、言葉のセレクションに心底驚かされました。第1節の「BERANGKAT」(ブランカ=出発) と第2節の「BLANCA」(ブランカ =白) が対を為しており、良質なコーヒー豆を求めて世界へ羽ばたく同社の心意気は、サビの部分にある「Passion to the World Emotion to the future」や「言葉も 海原も 感動も越えてゆく」といった秀逸なフレーズからも窺い知ることが出来ます。

昨年度の「弓狩匡純賞」に選ばせて頂いたJR九州様の『浪漫鉄道』、一昨年度のセイコーホールディングス様の『時代とハートを 動かすセイコー』、そして第一回受賞のアイシン精機様の『I sing for tomorrow』と並び同曲が、基本をしっかと押さえつつも時代に則した社歌のお手本として記録されることに喜びを禁じ得ません。

 

本コンテストも4回目を迎え、応募企業・団体の皆様は研究に研究を重ね、新たに社歌を制作する、または既存の社歌を改訂し、果敢に挑戦して下さっています。来年、第五回の開催もすでに決定しているため審査員一同、引き続き誇り高き”主題歌”のご応募を心からお待ちしております。歌によって、組織は変えられませんが、歌には、人のこころを動かす力が宿っています。