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   広島市長を始め市会議員、市職員、そして広島市民の皆さんに、是非とも観て頂きたい一本の映画があります。『ニューヨーク公立図書館 エクス・リブリス』 (Ex Libris: The New York Public Library)。2017年に公開されたこの作品は、アカデミー賞名誉賞を受賞したドキュメンタリー映画界の巨匠フレデリック・ワイズマン監督(御年92歳)が、世界の経済、文化の中心地である米ニューヨークの”知の殿堂”であるニューヨーク公共図書館の舞台裏を見事に描き切った名作です。

 

   蔵書数約5,600万冊 (e-bookは30万冊)、年間来館者数が1,600万人以上と云う世界でも一、二の規模を誇る同館は、国の歴史的建造物 (NHL) に指定されたボザール様式建築の壮麗な本館スティーブン・A・シュワルツマン・ビルと4つの研究図書館、88の分館から成り立っています。

元々は、富豪の私設図書館であったレノックス図書館とアスター図書館を合併し、ニューヨーク州知事も務めた富豪サミュエル・ティルデンが起ち上げた基金を加えて1895年に民間の非営利団体として設立されました。1901年には、鉄鋼王として知られるアンドリュー・カーネギーが同市に対して、用地提供と同館を維持する運営費を支出することを条件に資金提供を行います。その際、彼は「人々のための図書館」(Library for the people)をコンセプトに据えています。

  もちろん広島市とニューヨーク市とでは、社会・経済規模から歴史的背景に至るまでまったく異なるため、単純に比較することは出来ません。しかしながら、「公共図書館」とは何か、どうあるべきかといった基本概念について、この映画は幾つものヒントを与えてくれます。

 

   まずは運営・管理費について。同館の年間予算約 3億7000万ドルの内 (約426億円は、我が国の国立国会図書館の2倍以上)、50%はニューヨーク市の負担で、研究図書館にはニューヨーク州が 2000万ドル (約23億円)を拠出しています。そして残りの約200億円は、驚くことにすべて民間の寄付によって成り立っています(ちなみに広島市の11の図書館と広島市映像文化ライブラリーを合わせた年間予算は、昨年度実績で約11億6105万円)。

つまり、そもそもは税金が原資の半分を占めているとは云え、自治体に任せっ切りにはしない。市政を糾弾したり批判はするが自らは何もやらない、ではお話になりません。寄付またはボランティアといった形で、市民も積極的に運営にコミットすることで初めて、市民の声が反映された「公共性」は獲得出来るのです。

 

広島市でも、例えば年間予算の約 3分の1にあたる 4億円余りを、地元企業や市民の寄付によって手当する方策を探ってみてはいかがでしょうか。市民の実業・研究・教養リソースの提供であり、将来を担う子供たちへの投資です。決して高い金額とは思えません。それこそ”たる募金”ではありませんが、1,000円/人を 5万人でも集めれば、市や地元財界に対して”民意”を示すことは可能でしょう。またはクラウドファンディングを募る、といった方法もあります (意思表示には有効ですが、継続性を考慮すれば必ずしも得策とは云えませんが…)。

 

   続いて地域のコミュニティ・センターとしての役割です。この作品を観れば、作家の講演会のみならず、高齢者に対するインターネット講習会や就職支援、就学児童や移民向けの補習授業など、様々な分野で図書館員のみならず識者やボランティアたちが無償サービスを行っている様子を窺い知ることが出来ます。図書館は、単なる"書庫"ではなく、地域住民との交流、情報交換の場であり、それこそが真の「利便性」であることが良くわかります。

 

   出版界に身を置く者として驚かされたのは、同館がデジタル時代の到来をまったく怖れていないといった点です。寧ろ、無線LAN接続用ルーターを市民に貸し出すなど、積極的にデジタル化を後押ししている。そこには、デジタル化が進もうがコンテンツ (原本)そのものは図書館にある。著作権の問題などで、来館しなければ閲覧出来ない貴重な資料も山ほどある、といった確固たる自信があるわけですが、ネット環境を”持つ者”と”持たない者”との間に生じる情報格差を改善することも、図書館の役割といった強い使命感の表れでもあります。

 

 

   いずれにせよ、現状を憂う余裕があるのであれば、皆で知恵を出し合い、前向きな対応策を捻り出し、実現に向けて行動を起こす。米国人ならではのポジティヴ・シンキングには感動さえ覚えました。ここに来て、被服支廠倉庫の保全問題然り、広島市民の「文化」に対する姿勢が試される事案が相次いでいます。こうした難題をスマートに乗り切れるかどうかで広島市民の”民度”が計られるだけではなく、広島市の新たなアイデンティティ構築の糸口が見つかるかも知れません。次回は、ではどのような方策が考えられるか。無手勝流の私案を綴ります。

 

広島市では明日14日(金)まで、『「広島市立中央図書館等の再整備について」に対する市民意見募集』を行っています (https://www.city.hiroshima.lg.jp/houdou/houdou/256478.html)意見がある、疑問を感じる「広島市民」は是非、手遅れとなる前にあなた自身の考え、要望を市に伝えて下さい。

 

ドキュメンタリー映画『ニューヨーク公立図書館 エクス・リブリス』の予告編です。本編はデジタル配信されています。まずは広島市役所、市議会内で鑑賞会を開かれてはいかがでしょうか。