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   繰り返します。今回のロシア連邦によるウクライナへの軍事侵攻は、人類史上初めて、原子力発電所を保有する国が「戦場」となっている。この一点において、他の地域紛争とはまったくその性質を異にしています。戦闘状態が続く限り、意図せずとも誤爆やヒューマンエラーによって原発が破壊され、メルトダウンを起こす可能性があるということです。

しかも今回の”戦争”には、旧・ソ連製の兵器も多数投入されていることから、想定外の”事故”が起こるリスクも極めて高いと云えるでしょう。また、先に近隣で火災を起こしたザポリージャ原発を始め電源が復旧せず、非常電源も機能しないといった最悪の事態に陥れば、使用済み燃料の冷却が出来なくなり、放射性物質が大気中に漏洩する危険性があります。原発はこれまで、我が国においても「原子力の平和利用」と喧伝されて来ましたが、皮肉なことにも原発が武力攻撃を受ける事態など未来永劫あり得ないといった、”性善説”に支えられて来たわけです。

 

ウクライナには現在、(廃炉となったチェルノブイリ原発以外に) 4カ所の原子力発電所に15基の原子炉が存在しています (さらに2基が2030年の稼働を目指して建設中)。内、6基がザポリージャ原発、4基がリウネ原発、南ウクライナ原発には3基、フメルニツキー原発にも2基があります。

同国の原発は旧・ソ連時代に設計・建設されたものが多く、そのため核燃料もロシア国営の原子力総合企業ロイアトム社の燃料部門であるTVEL社から調達せざるを得ませんでした。ところが今世紀に入り、EUへ接近し始めた同国は、米ウェスティングハウス社とも契約し、昨年度段階で7基がウェスティングハウス社のスウェーデン工場から核燃料を調達しています。このようにウクライナはエネルギー政策においても近年、ロシア離れを加速させて来ました。但し、旧・ソ連時代の原発とウェスティングハウス社の核燃料とは必ずしも相性が良いとは云えないため、安易な”東西統合”は思わぬ事故を引き起こしかねません。

 

 

ウクライナにおける発電の原発依存度は、フランス共和国(70.16%)、スロバキア共和国(54.16%)に次いで世界第三位の53.89%といった高率となっているため (2019年)、直接攻撃を受けずとも一旦、原発が停止すれば市民生活に大混乱を来すこととなります (15基の総発電出力は13,107 メガワットエレクトリカル)。

そのためウクライナ国家原子力規制捜査局 (SNRIU) が今月5日に発表したところによれば、ロシア連邦の軍事侵攻後も依然としてザポリージャ原発2基、リウネ原発3基、フメルニツキー原発1基、南ウクライナ原発も2基が稼働中です。それにも関わらず、国際原子力機関(IAEA)は、ザポリージャ原発の監視システムからIAEA本部へのデータ送信が途絶えたと発表。査察作業が出来なくなるといった深刻な状況に見舞われています。

 

現在、原発職員は爆撃の恐怖に怯えながらも、運転を止めることなく、冷却機能も維持すべく、決死の覚悟で原発施設内に踏み留まっています。それは、ひとたび原発への電力供給が途絶えれば、欧州全土に放射性物質が拡散する可能性があることを、彼らは誰よりも熟知しているからに他なりません。

戦時における唯一の被爆国であり、福島第一原発事故も経験した私たちは、ロシア連邦とウクライナに対して速やかに停戦を受諾し、原発の安全性を確保するよう訴え続けなければなりません。原発内で戦っている真のヒーローたちの肉体的、精神的疲労度は極限に達しつつあります。最早、一刻の猶予も許されません。

 

1959年に公開された米映画『渚にて』 (On The Beach)は、第三次世界大戦が勃発し、コバルト爆弾の高放射線曝露により北半球は全滅。南半球にも汚染が拡大し、やがて人類は滅亡するといった救いようのない近未来を描き、世界に衝撃を与えました。この作品、無人となったオーストラリア連邦のシドニーの街角で、救世軍が掲げた横断幕が寒々とはためいているシーンで幕を閉じます。「THERE IS STILL TIME… BROTHER」 (兄弟よ、まだ時間はある)。果たして、私たちに時間は残されているのでしょうか。