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   さて広島市中央図書館です。残念ながら十分な議論もなされぬまま、広島市市議会の本会議において、本日午前にもJR広島駅前の商業施設エールエールA館への移転が採決される見通しです。広島のみならず東京でも、1915年 (大正4年) に東京市立の図書館として開館した渋谷区立渋谷図書館に対して、老朽化を理由に「渋谷区立図書館条例の一部を改正する条例」が上程されましたが、区民から慎重な審議を求める「渋谷区立渋谷図書館の廃止案に関する請願」が提出され、区議会は紛糾しています。

 

   地方自治体の財政事情が危機的状況にあることは理解しています。しかしながら、「貧すれば鈍する」の格言通り、「文化」を採算性のみで切り捨てる国家、そして自治体に未来はありません。そこでこの連載では、(時すでに遅しの感を否めませんが) 私なりの打開策を披瀝してまいります。

まずは第1案です。すでに工事が着工されているため、残念ながら実現性はゼロですが、”知の殿堂”の保全と採算性の両立といった難題を解決するためには、これまでの常識に囚われないスケールの大きな発想の転換が必要不可欠であることを理解して頂くために敢えて、恥ずかしげもなく、「弓狩私案」をご紹介させて頂きます。

 

   ご周知の通り現在、基町の中央公園広場において新サッカースタジアムの建設が始まっています (総事業費約271億円)。敷地面積約49.900平方メートル、延べ床面積約60.000平方メートル  (地上7階)。完成の暁には鹿島アントラーズのホームである県立カシマサッカースタジアム (鹿嶋市) に次ぐ、国内第5位の規模を誇る屋外観覧場となります (収容人数約30,000人)。

   地図を見てみましょう。新スタジアムと広島市立中央図書館とは目と鼻の先です。ならば、スタジアム内に図書館を移転してはいかがでしょう? 同じ「歴史・スポーツ・文化芸術ゾーン」内です。いずれも所有者は広島市であり、広島市中央公園内における公共建造物の容積率を削減するメリットもあります。何か問題はありますか?

 

   1993年(平成5年)に開幕したJリーグ (日本プロサッカーリーグ) は、云うまでもなく1963年に創設されたドイツ連邦共和国のプロ・フースバル (Fußball: サッカー) リーグブンデスリーガ (Bundesliga) を下敷きにしています。当時、初代チェアマンであった川淵三郎氏にインタビューをさせて頂いた際、「地域に根ざしたスポーツ文化の向上」がいかに大切であるか熱く語っておられました。

同国には、州や地域のスポーツ団体が運営するスポーツシューレ (sportschle) と称される総合型スポーツクラブが約20カ所あり、それぞれがグランドや体育館、その他スポーツ施設や会議・宿泊施設を備えています。戦乱によって疲弊した代表チームの強化を目的とした組織的な選手育成がその第一義でしたが、60年代に入ると国民の健康増進にも力点が置かれ(ゴールデンプラン)、15年間に約63億マルクが投入された結果、市民が自由に利用出来る地域に密着した体育館が全国に10,400カ所、児童遊技場は31,000カ所、8,500平方メートルの運動場 (天然芝) に至っては14,700カ所が整備されました。このようにプロサッカー・システムの原点は「地域密着型」であり、特にドイツ連邦共和国においては「市民参加」に重きが置かれていることがわかります。

 

しかしながら、スポーツ施設と文化施設をドッキングさせるといった発想は、同国にもありません。文武両道ではありませんが、老若男女が集い体力と知力を養う地域社会の象徴。広島の新サッカースタジアムがこれを実現させれば世界初の快挙となり、各国のお手本ともなるでしょう。

広大な敷地面積を誇るスタジアムです。地下1階、または地下に眠る中国軍管区輜重兵補充隊や江戸期の遺構は保全すべしと云うのであれば、盛り土して地上8階建てにすれば、中央図書館のみならず、「映像文化ライブラリー」と「こども図書館」も、ワンフロア内に十分収容することが出来ます。

 

 

コストはどうか? 云うまでもなく建設(再建)費用そのものは、上記約271億円に含まれるため、1フロアを増設する費用として30億円前後も上乗せすれば済むはずです。このプラン、スポーツ庁と経済産業省が2016年(平成28年)に公表した「スタジアム・アリーナ改革指針」にもほぼほぼ合致するため (①スタジアム・アリーナ内の経済効果、②飲食、宿泊、観光周辺産業への経済波及効果、③スタジアム・アリーナ内外での雇用創出効果)、国からの財政支援も期待出来るでしょう。

 

そもそも移転先候補のエールエールA館の竣工は1999年です (建設費455億円)。つまり築23年の物件。老朽化した中央図書館と”同年齢”に達するまであと残りわずか25年です。こうした中古物件への移転に不動産取得費60億円 (土地資産35億円含む) +建物整備費35億円+引越費1億円の計96億円もの大金を投じる価値はあるのでしょうか。比較対象が、現地建て替えに要する123億円のみというのがまた、いかにも硬直化した発想です。

最大の問題は、四半世紀も経てば中央図書館は、やがて老朽化したエールエールA館を出て、移転を余儀なくされるということです。その際、再び100億円前後の税金を投入せざるを得なくなる(総計約200億円)。その頃に、新サッカースタジアム周辺でたまさか「にぎわい」が創出され、市財政が潤っていれば、痛くも痒くもないのでしょうが…(もちろん、サンフィレッチェ広島F.Cが存続していることが大前提です)。日本経済全体が構造的に縮小しているであろう21世紀半ば、広島市だけが”サバイバル”している保証など、どこにもありません。