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昨日からオーストリア共和国の首都ウィーンにおいて、核兵器禁止条約(TPNW)の第1回締約国会議が開催されています。ご周知の通り、同・条約に調印していない我が国は、「核兵器を保有する国が参加しておらず、現実的な取り組みを進めるのは難しい」との理由から、同・会議へのオブザーバー参加は見送りました。

こうした日本政府の消極的な姿勢に対して被爆者団体を始め、国内外の反核団体から疑問を呈する声が上がっています。唯一の戦争被爆国である日本がなぜ参加しないのか? 国民の生命・財産が”核の傘”に守られているとしても、オブザーバーとしての参加は可能なのではないか?

 

多くのマスメディアも政府批判を展開していますが、そもそもこのオブザーバー(Observer) とは、どのようなポジションなのでしょうか? 私自身も、このブログの『核なき世界の夜明け 【続編】 The Dawn of the Nuclear-free World.』 (昨年1月25日付)で綴ったように、我が国のオブザーバー参加には賛成の立場を取っています。しかしながらここに来て擁護派、反対派共に、”オブザーバー”というもの自体を十分には理解していない観念的な言説に終始しているようにも見受けられます。それもそのはずで、TPNWにおけるオブザーバーは、実のところ未だ明確には定義されていないのです。

 

    TPNWに「Observer」の文字は、第8条「締約国会議」の第5項に初めて登場します。「締約国会議及び運用検討会議には,この条約の締約国でない国並びに国際連合 及びその関連機関と関係を持つ主体,その他関連する国際的な組織や機関,地域 的な組織,赤十字国際委員会,国際赤十字・赤新月社連盟並びに関連する非政府 組織をオブザーバーとして出席するよう招請する」 (States not party to this Treaty, as well as the relevant entities of the United Nations system, other relevant international organizations or institutions, regional organizations, the International Committee of the Red Cross, the International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies and relevant non-governmental organizations, shall be invited to attend the meetings of States Parties and the review conferences as observers.)と記されてはいますが、それ以外の箇所では第9条「費用」の第1項に「締約国会議,運用検討会議及び締約国の特別会合の費用については,適切に調整 された国際連合の分担率に従い,締約国及びこれらの会議にオブザーバーとして 参加するこの条約の締約国でない国が負担する」(The costs of the meetings of States Parties, the review conferences and the extraordinary meetings of States Parties shall be borne by the States Parties and States not party to this Treaty participating therein as observers, in accordance with the United Nations scale of assessment adjusted appropriately.)とあるだけに留まっています (赤十字国際委員会 駐日代表部 訳)。

   つまり現時点においては、オブザーバーとは何者なのか? 単なる陪席者なのか? 発言権は与えられるのか? など不明な点が多い (意思決定権はありません)。なぜならば、それらは第8条の第2項に定められている通り、今回の第1回締約国会議において手続規則が議論・採択されるからに他なりません (The meeting of States Parties shall adopt its rules of procedure at its first session. )

 

こうした不確かな状況下においては、「核兵器を直ちに違法化する条約に参加すれば、米国による核抑止力の正当性を損ない、国民の生命・財産を危険に晒すことを容認することになりかねず、日本の安全保障にとっての問題を惹起します」(外務省公式サイトより引用)と主張する日本政府が参加に二の足を踏むこともやむを得ない側面はあります。少なくともオブザーバーとして参加することによって生じる権利、義務は把握しておきたい、と考えるのが外務官僚にとっては当然の判断でしょう。

 

しかしながら現在、ロシア連邦のウクライナへの軍事侵攻により、世界は極めて不透明かつ不安定な状態にあります。日本政府が頼みの綱とする日米安全保障条約にしたところで必ずしも盤石ではない。その一方で、岸田文雄総理大臣は今年8月に米ニューヨークで開催される核拡散防止条約(NPT) 再検討会議へ我が国の歴代総理大臣としては初めて出席すると発表しました。これを契機に来年、広島で開催される主要国首脳会議(G7サミット)に弾みを付け、2年後の第2回締約国会議に備えたいところなのでしょうが、各国の思惑が複雑に絡み合う外交は一筋縄には行きません。国益を守るためにはスタンドプレーは当たり前、時には腹芸も見せるしたたかさも兼ね備えていなくてはなりません。

今回の締約国会議にせよ、敢えてオブザーバー参加し、核兵器廃絶を目標に据えてはいるものの、被爆国としての立場と安全保障との板挟みとなっている実情をストレートに国内外に表明する、といった選択肢、「現実的な取り組み」もあったはずです。プレゼンスがなければ、いくら「日本政府としては、国民の生命と財産を守る責任を有する立場から、現実の安全保障上の脅威に適切に対処しながら、地道に、現実的な核軍縮を前進させる道筋を追求する」などと優等生的発言をしたところで、誰も耳を貸してはくれません。オブザーバー参加せずとも、政府主導で広島、長崎と共に会場脇に巨大なブースを設営し、被爆の実相を大々的に”アピール”するといった方法だってあったはずです。戦争を阻止し、核兵器を廃絶する壮絶な戦いは、外交の場から始まっています。”攻め”の姿勢がなければ、いつまで経っても顔の見えないのっぺらぼうの国から脱皮することは出来ず、結果的に国益を損なうこととなります。