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今回の米大統領選挙について、様々な考察はあるでしょうが、個人的にはドナルド・トランプ大統領によって、史上初めてチープなエンターテインメントが恥ずかしげもなく前面に打ち出されたことが最大のポイントだと捉えています。後々、米国事情に詳しいとのたまう学者の先生方が分析されるのでしょうが、文化論的にはロウブロウ(Lowbrow)と称されるいわゆるテレビ的な低俗文化の投入です(テレビ関係者の皆さん、ごめんなさい)。

 

これまで「やれば必ず票は取れる」と誰もがわかっていたにも関わらず、品性というものが邪魔をして憚られた戦略。ハリウッド出身のロナルド・レーガン大統領でさえ、選挙戦においては旧知の映画俳優を応援演説に招くくらいに留めていました。

ところがトランプ大統領は違った。一般大衆の欲望をフルスペックで政治の世界に反映させることで人気を獲得して来ました。米国の若年層には、彼は大人気を博したリアリティ番組『アプレンティス』(米NBCで2004年から放送)のトリッキーな司会者として知られています。彼が番組の最後に言い放つ”You’re fired!” (お前はクビだ!) といった決めセリフは流行語にもなったほどです(比較するには余りにもレベルが違い過ぎますが、日本で云えば、みのもんたさんといったポジションでしょうか)。

 

日本のマスメディアは、何かと云えばトランプ大統領の支持層は保守的なプロテスタントであるとか南部を中心としたブルーカラー層といったような取り澄ました仕分けで済ませてしまいますが、それでは彼の凄みは見えて来ません。トランプ大統領は、大票田である地方都市や小村に住み、何の変哲もないシンプルな生活を営む極々平均的な米国人が何を求めているかを的確に把握しています。また、浮動票の大半を占める政治にはまったく関心のない都市部の若者たちにも、派手なキャラクターでアピールし続けて来ました。

 

彼は、何を隠そうニュージャージー州アトランティックシティのカジノ・ホテル『トランプ・プラザ・アンド・カジノ』のオーナーでした。云うまでもなく”博徒”ではなく”元締め”です。一般大衆の”弱み”は厭と言うほど知っている。今回の新型コロナウイルスの感染源とされる側近ホープ・ヒックス元・広報部長は元・ファッションモデルです。米国人男性であれば、誰しもが憧れる美女に囲まれた大立者といった悪しきマテリアリズムの理想像を、彼は物の見事に演じ切って見せた。こうしたポリティカル・ストラテジーに私は、米『プレイボーイ』誌の創業者であったヒュー・ヘフナーと同じ”臭い”を嗅ぎ取ります。

 

トランプ大統領はわかりにくい、と知識人は頻りに頭を捻りますが、私にしてみれば単純明快。彼の信条は(主義ではありません)、「損得勘定」、「米国第一」これだけです。米国にとって利益があると踏めば何でもする。中国製品に高関税を課す、安価な労働力の供給源であるメキシコ合衆国との国境警備を強める、イスラエル国に肩入れする。但し、戦争はしない。なぜならば、現在の米国の経済事情では、戦争は必ずしも儲かる”ビジネス”ではないからです。これほど一般大衆にもわかりやすい政策を打ち出した大統領はこれまでいなかった。

 

私は、ポピュリズムの極みであるトランプ大統領のやり方を肯定しているわけでは決してありません。しかしながらある意味、彼は「アメリカ合衆国」という国が、すでにかつての「アメリカ合衆国」ではないことをいち早く見抜き、今までインテリ面した為政者たちが見て見ぬふりをして来た「分断」を、敢えて自らヒール(悪役)となって白日の下に晒すことで、再編への道へと誘っているように思えてなりません(案の定、マスメディアは過去4年間で、彼の術中にきれいに嵌まっています)。この御仁、舐めてかかると痛い目に会いますよ、マスメディアの皆さん。

 

さて大統領選挙まで残すところ1ヶ月足らず。米国民はどのような判断を下すのでしょうか。私たちが知る「アメリカ合衆国」の終わりの始まりとなるかも知れません。