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  「核保有国や日本を含む”核の傘”に守られた国々が参加していないため、核兵器禁止条約(TPNW)は実効性を伴わない」といった類の常套句を、マスメディアは安易に用いる傾向があります。反核運動に関わって来られた方々も内心は、「これまで長年にわたり地道に活動して来たにも関わらず、何ひとつ変わらなかったじゃないか。核兵器がこの世から消え去るわけなどない」と、考えていらっしゃるのではないでしょうか? 果たして核保有国は、核兵器を手放したくないと考えているのでしょうか?

 

ところがどっこい私は、そうは思いません。時代は急激なスピードで変わりつつあります。冷戦は、とうの昔に終結しています。核保有国はどこも、出来ればとっとと廃棄して身軽になりたい、と願っているはずです。その証拠に、核保有国の核実験の回数は、今世紀に入り急激に減少しています。フランス共和国と中華人民共和国に至っては1996年以来、核実験は行っていません。国境紛争を抱えるインド、パキスタン・イスラム共和国も97年を最後に実験は停止しています。

米国は、昨年11月にネバダ州内の核実験場で、核爆発を伴わない臨界前核実験を行いましたが、ドナルド・トランプ前大統領が押し進めた小型で低出力の「使える核兵器」の開発も、新政権によって見直される可能性があります。それではなぜ核保有国は核兵器の削減に向かうというのでしょうか? 最大の理由は経済的要因。これに尽きます。

 

核兵器は、広島そして長崎に投下されて以降、「使用しないために製造する」といった壮大なパラドックスを抱えています。近代文明におけるモノは、(芸術作品を除き) 使用されることを前提に研究開発が為され、大量生産され、その目的に沿って消費されることで初めて存在意義を見出して来ました。「使用しないために製造する代物」など、反文明の極みとも云えるでしょう。

冷戦期には、ハルマゲドン(最終戦争)といった得体の知れないバーチャル・イメージに恐怖心を煽られ、軍拡競争に狂奔してはみたものの、はたと気がついてみれば、核兵器など必要なかった。無駄だった。要らないモノはゴミ箱に投げ捨てれば事足りますが、こと核兵器となるとそうは行きません。簡単に廃棄出来ないどころか、下手をすれば老朽化した核兵器事故により自国民の健康や環境を破壊する恐れがある。これほど厄介な代物はない、といった至極当然の事実に、漸く各国が目覚めたのが1990年代でした。これは、云うまでもなく被爆者の方々の弛まぬ努力の結晶です。被爆者という”実存”が、愚にも付かない観念論を打ち破った、心ある人々を覚醒させたと云っても良いでしょう。

 

先ず以て、核実験を含む研究開発には膨大な費用が必要とされます。米議会局の試算によれば、2024年までに核戦力にかかる総予算は3480億ドル(約35兆1340億円)とされています。同国の国防費に占める核戦力関連予算の割合は 5%前後に過ぎないとは云え、総額1兆9000億ドル(約200兆円。米国の名目GDPの約9.5%に相当)もの経済対策を打ち出す新政権にとっては大変な重荷となります。

また、米国では大陸間弾道弾 (ICBM)のみならず多くの弾道ミサイル搭載潜水艦や巡航ミサイル搭載戦略爆撃機が今後10年以内に耐用年数を迎えるため、新政権は重大な決断を迫られることとなります。つまり、核弾頭の搭載が可能な長距離巡航ミサイル(LRSO)や新型ICBM開発の中止または停止です。こうなると例えばミニットマンⅢといった現行の大陸間弾道ミサイルの退役を先送りにしなければなりませんが、これらのメンテナンス費用 (改修、修理、再塗装など)も馬鹿にならない。さりとて廃棄するともなれば解体・処理作業には桁違いのコストがかかります。そしてICBM用核弾頭W87や潜水艦発射弾道ミサイルトライデントⅡから撤去されたプルトニウムの行方は? 

 

こうした中、昨年9月3日に投稿したように核兵器製造に関与する企業への投融資からの撤退を奨励する「ムーブ・ザ・ニュークリア・ウェポンズ・マネー(Move the Nuclear Weapon Money」キャンペーンの口火が切られました。「くさい臭いは、元から絶たなきゃダメ」ではありませんが、建前やメンツにこだわる政府ではなく、核兵器開発・製造企業の資金源を断つ、といった極めて現実的かつ効果的なこれまでになかった”反核運動”です。

先月12日には、我が国の生命保険最大手である日本生命保険や第一生命保険、明治安田生命保険、富国生命保険も、核兵器製造・関連企業への投融資を自制しているとの報道もありました(同日付共同通信)。環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を考慮した「ESG投資」が金融界のスタンダードとなりつつある今、ここに来て欧米を中心に非人道兵器の廃絶を後押しするムーブメントが顕在化しつつあります。

 

戦時における唯一の被爆国である我が国は、核兵器禁止条約を批准していません。まさに恥ずべき”暴挙”以外の何物でもありません。と当時に、”核の傘”といった半世紀以上も前のコンセプトにしがみつき、思考停止に陥り、こうした世界情勢の激変、潮の変わり目を読めない無能さには、落胆せざるを得ません。今回もまた我が国は、世界のリーダーシップを取る絶好のチャンスをみすみす逃してしまうこととなるでしょう。