20210208.jpg
 

 

  東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(TOCOG)の森喜朗会長が、今月3日に開かれた日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で”女性蔑視発言”をしたことが大きな波紋を呼んでいます。

  森会長は「誰か」の発言だったと弁明していますが、それを諫めるどころか公の場で引用すれば、例え本人の発言ではなかったとしても女性蔑視を容認したこととなり、オリンピック憲章の第1章「2 IOCの使命と役割」の8項に記された「男女平等の原則を実践するため、あらゆるレベルと組織において、スポーツにおける女性の地位向上を促進し支援する」に明らかに反します。これまでも失言の多かった森会長ですが、今回の発言は一線を超えています。速やかに自ら出処進退を明らかにすべきでしょう。

 

   一方で、昨今のオリンピックを巡る一連の報道には、マスメディアの粗雑な取材姿勢も目につきます。云うまでもなくオリンピックは、単なるスポーツ・イベントではなく、政治・経済・社会全般を巻き込む国家的行事であるだけに、政治部や社会部といった運動部以外の記者が出稿するのも頷けます。しかしながら、あまりにも勉強不足であり、恣意的な記事も多い。これでは国民を不必要な混乱に陥れるだけでしょう。

 

例えば、「政府は新型コロナウイルス対策に専念し、オリンピックは返上すべき」と責め立てる記事も散見されますがこれなど、まずもってオリンピックという国際競技大会の基本中の基本さえ押さえていないことが丸分かりの論考です。オリンピック開催、中止または延期の決定を下せるのは IOCのみです。また、IOCとの交渉窓口は開催国の政府でも、開催地の自治体でもありません。

オリンピック憲章の第1章「1 オリンピック・ムーブメントの構成と全般的な組織」の2項に、オリンピック・ムーブメントの主要三構成要素は IOCと国際競技連盟 (IF)、国内オリンピック委員会(NOC) と規定されており、どこにも”国家”の文字はなく、3項にはこれら構成要素に加えて「IFおよびNOCに所属する国内の協会、クラブ、個人も含まれる」と、記されています。

  要は、マスメディアを始め我々は便宜上、「開催国」といった表現を用いてはいますが、厳密に言えばオリンピックを開催する資格を有しているのは我が国であれば「日本国」ではなく JOCであり、その傘下の各種競技団体(協会)ということになります (こうした組織構造が採られるようになった歴史的背景・経緯については、拙著『国旗・国歌・国民〜スタジアムの熱狂と沈黙』をご一読下さい)。

 

 オリンピックを開催するのは”国”ではありません。よって、日本政府が何と云おうが、東京都知事が声を張り上げようが、JOCが動かなければ何も変わらない。

   こうした基本を押さえた上で今回の森会長の舌禍を見て行くと、IOCにとってTOCOGはあくまでもJOCの下部組織であり、ローカル・マターであることがわかります。IOCの広報担当者が「森会長は発言について謝罪した。これでIOCはこの問題は終了と考えている」(『朝日新聞』今月4日付)と応じたことについて、IOCの手緩い対応を批判する声も聞かれますが、IOCにしてみればこれはあくまでも日本国内の問題であり、自国内で解決すべき、と云わざるを得ない (そのため欧米の高級紙も”Asia & Pacific”の囲み記事扱いでしたが、東京発ロイター電は”Sexist”性差別主義者といった強い表現を用いていました)。

 

   よって、森会長の発言は譴責されて然るべきですが国際的視野に立てば、より深刻なのは 5日になって取材に応じた山下泰裕 JOC会長の発言でしょう。森会長の発言を「不適切」とした上で、辞任については「本人が謝罪されて発言を撤回している。最後まで職務を全うして欲しい」と続投に賛同しています(『日刊スポーツ』5日付)。

   これはおかしい。東京オリンピックの主体である JOCはオリンピック憲章に鑑み、下部組織である TOCOGの森会長の発言を叱責し、我が国は性差別に対し断固反対の立場であることを国内外に向けて明確に表明すべく、辞任勧告を行うのが筋でしょう。私が知る限り、JOC理事で筑波大学大学院教授の山口香氏が個人的見解として苦言を呈した以外、JOCとして未だこの事案について何ら正式なコメントを出してはいません。JOCの今後の対応次第で、世界の我が国に対する評価は定まります。我が国のスポーツ界の信頼を回復・維持するためにも、一日も早い措置が望まれます。

 

ここに来て第32回 東京オリンピック・パラリンピック競技大会の行方が急速に不透明となりつつあります。仕事柄、各方面から様々な情報は入って来るものの、未だ不確定要素が多い。この連載では、そもそもオリンピックとは何か? についてつらつら綴って行きたいと思います。

 

このページのトピック