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  おやおや、お世辞にも品が良いとは云えない書き込みで蛮名を馳せたお大臣さんが、小中学校で使う教科書はデジタル化すべきとのたまっておられます。どうやら昨今の政治家さんの中には、文化とは縁遠い御仁もいらっしゃるようで。

昨年、国会参議院内唯一の書店『五車堂書房』さんにお話を伺う機会がありましたが、「最近の議員さんは本を読まない」と嘆いておられました。桁外れの読書家は伊藤正義氏(外務大臣、内閣官房長官などを歴任)、前尾繁三郎氏(衆議院議長、法務大臣などを歴任)、倉成正氏(外務大臣、経済企画庁長官などを歴任)ら”政界の三賢人”の異名を取られた面々だったとか。大平正芳首相も車で駆けつけては、入り切らないほどの書籍をごっそり購入して行かれたと云います。

 

  それはさて置き。云うまでもなく、遅かれ早かれ大半の紙媒体はデジタルに取って替わられるでしょう。これは時代の趨勢であり、止めることは出来ません。古今東西、テクノロジーは常に文化を凌駕し、変化を促して来ました。もちろん悪いことばかりではありません。

  しかしながら我々日本人にとって、特に教科書のデジタル化は、じっくり検討し、対応策を講じるべき事案です。皆さんは、デジタル化と云えば利便性、合理性のあるなしにばかり気を取られ勝ちですが、事はそれほど単純ではありません。というわけで、作家の立場からひと言、云わせて頂きたい。と云うのも、デジタル化によって日本語の本質が様変わりする可能性があるからです。

 

  まずもってデジタルの文章は、この投稿のように横書きが基本です。云うまでもなく日本語は縦書き文化。そもそも、こうした基本的な作法から変更、というよりも”変革”が強いられることとなります。物心ついた頃からスマートフォンを手にして来た若い作家さんの中には、すでに横書きで入稿する方も増えていると聞きます。

  横書きであれば、垂直方向にスクロール、上から下へ向かって読み進むこととなる。一方、日本語は元来、右から左へと読み進む言語なので、それに合わせて文法のみならず言語文化も発達して来ました。よって、水平から垂直へと、思考回路も180度切り替えなければならなくなります。ちなみに私の作品で横書き表記なのは、『The Words〜世界123賢人が英語で贈るメッセージ』(朝日新聞出版刊)のみです。この作品は、海外の偉人たちの名言を原文と併せて論考しているため、横書きがよりフィットするとの判断によります。

 

 また、日本語の文章作法の基本として、改行する際、文頭は一角アケとしますが、デジタルの文章では、フェイスブックなどでは顕著ですが、技術的に一角空けることが出来ません。細かい点ですが、これも活字を読むリズムに微妙な変化を及ぼし、文章の区切り、つまりは思索の区切りにも変化を来すこととなります。

さらには西暦を表記する場合、横書きであれば「二〇二〇年」よりは「2020年」の方が遙かに読みやすいでしょう。私自身、執筆方法が原稿用紙からワープロに移り、コンピューターへと移行する度に、文体にも変化が生じました。

  その他、紙からデジタルにシフトすることで変更を余儀なくされる点は幾つもあります。つまり、単純に合理化一辺倒で語られてはいますが、日本語の基本を教える教科書ともなれば、かなりベーシックなところで日本語が変わる可能性があることは知っておく必要があります。こうした日本語の危機は近代においてこれまで何度もありました。

 

漢字を廃し、仮名文字を国字とすべきと訴えたのは、”郵便制度の父”として知られる前島密(来輔)が最初でした。開成所の翻訳筆記方であった彼は慶応2年に、最後の将軍徳川慶喜に『漢字御廃止之議』という建白書を奏上し、舶来語である漢字を廃止し日本語だけを”国語”とすべきだと主張しています(当時はまだ「日本語」という概念はなく、前島密も文中、「本邦語」や「御国語(みくにことば)」といった文言を用いています)

また、前島と並んで日本語改革の旗振り役となったのは、明治政府の初代文部大臣 森有礼でした。彼は、驚くことに日本語をローマ字表記にすべきと主張しています。薩摩藩留学生として英国へ渡り、3年間を欧米で過ごした彼は、誰よりも”西洋”を体験していた。悪く言えば西洋かぶれですが、西洋文明を目の当たりにした驚き、焦りから生まれた発想だったものと思われます。

 

教科書のデジタル化は、もちろん学科によっては相性が良いケースも考えられます。しかしながら現実問題として、「理科」はデジタル教科書、「国語」は紙の教科書のママ、といった仕分けはあり得ない。となると、漢字の廃止、日本語のローマ字化とまでは行かずとも、我々日本人の思考回路にかなりのインパクトを及ぼすと考えて然るべきでしょう。どうにも、学問を軽視するような政治家さんでは、そこまで頭が回らないようですが…。