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   拙著『平和のバトン〜広島の高校生たちが描いた8月6日の記憶』はお陰様で、全国からたくさんの反響を頂いております。有り難いことです。被爆75年のこの年に課題図書に選んで頂いたことにも、浅からぬ縁を感じています。この作品は、口幅ったい言い方にはなりますが、おそらくはこれからもロングテールで読み継がれて行くでしょう。

   ただ、今、皆さんに読んで頂くのと10年後、そして被爆100年となる25年後に読んで頂くのとでは、それぞれ異なった読まれ方、捉え方をされているだろうと予測しています。被爆75年目の今年、読んで下さった中学生が40歳になり、改めて読み返してみた時、どのような感想を抱くだろうか。

 

   本作は、ノンフィクションです。しかしながら25年後には歴史読み物として読まれているかも知れません。なぜならば、厳然たる事実として、この「次世代と描く原爆の絵」プロジェクトは、残念ながら10年後にはほぼ確実に終了しています。理由は明快です。すでに被爆者の皆様の大半はこの世を去り、マスメディアが血眼になって”最後の被爆者”を追いかけている頃合いだからです…。

   今の子どもたちは、被爆者の皆さんから直接、体験談を聞ける最期の世代です。貴重な時間を大切に過ごしてもらいたい。著者である私のささやかな願いは10年後、「中学時代にこの本を読んだ時に、こうすれば良かった」と、決して悔やんで欲しくない。ひとりでも多くの皆さんに、「あの時に、この本を手に取ったから今、こうしていられる」と、思って欲しい、ということです。

 

   私は、書物の力を信じています。10年後、25年後には、当の私もこの世にはもういないかも知れない。それでも、この作品は書店の片隅に、学校図書館の書架に居続け、子供たちに語りかけてくれていることでしょう。原爆とは何か? 平和とは何か? と。それが、それこそが書物の持つ力であり、物書きの本懐でもあります。

 

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