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   今月8日、70年もの長きにわたり英連邦王国 (Commonwealth realm) の君主を務められた女王エリザベス2世 (Elizabeth Alexandra Mary of Windsor)が崩御され文字通り、激動の20世紀に終止符が打たれました。

これに伴い昨日、儀礼的な手続きを経てチャールズ皇太子 (Charles Philip Arthur George) がチャールズ3世 (King Charles III: ウィンザー朝第5代国王) として英国 (グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)新国王に即位され、「国歌」の代名詞とも謂われる『女王陛下万歳』 (God Save the Queen) も『国王陛下万歳』 (God Save the King) へと同日変更されました (旋律は同じ。但し、歌詞中の”Queen”は”King”へ、”her”は”him”に差し替えられます)。

 

    ジェンダーやLGBTQに対する平等意識の高まりを受けて、例えばカナダのように”〜in all thy sons〜”(汝の息子すべて)といった歌詞中の人称代名詞を”〜in all of us〜”(我々のすべて)に変更する国が今世紀に入り増えつつありますが(2018年)、英国の場合は歌われている対象が「国民」ではなく、特定の「個人」であるため、この限りではありません。また、英国のみならず「君主」を讃える国歌は、世界において決して珍しくはないことも、この機会に認識しておくべきでしょう。

 

意外に思われるかも知れませんが、『国王陛下万歳』は正式な国歌ではありません。尤も、世界を見渡せば国歌が法制化されていない国は少なくなく、イタリア共和国やスウェーデン王国、ノルウェー王国でも”慣習”として扱われています。英国の場合は、伝統や宗派、文化が異なるイングランドやスコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドといった国々から成る連合国家であるため、ひとつの「国歌」の下に「国民」が集うことは容易ではない、といった歴史的事情がその根底にあります。

   そのため、英連邦に属する国および地域が参加し、最大で17種目が競われる「コモンウェルズ・ゲームズ」では、ウェールズは『我が祖先の地』 (Hen Wlad Fy Nhadau)を、スコットランドは『スコットランドの花』 (Flower of Scotland)、イングランドは愛国歌『ルール・ブリタニア』 (Rule, Britannia!) を「国歌」として用いています。

 

 

  公式行事などで使用される際には第1節のみが歌われる習わしとなっている『国王陛下万歳』の生い立ちについては、フランス人のジャン・バプティスト・ルリーが16世紀に書いた、ヘンリー・カーリーが作詞しジョン・ブルが作曲を手掛けてジョージ2世の誕生日を祝って献上した、など幾つもの説があります。記録として残されている初演は、1745年9月にドゥルーリー・レーン国立劇場とコベントガーデンにおいて演奏されたというもので、この時の楽譜は大英博物館に収められています。

   ロック・ファンの間では、セックス・ピストルズが1977年(昭和52年)に、エリザベス2世在位25周年祝典の日に女王を揶揄して歌詞を変え、テムズ川に浮かべたボート上で行ったゲリラライヴで演奏し、逮捕された『女王陛下万歳』が知られています。

 

  今回の歌詞変更により、世界の国歌について綴った4冊の拙著やCDも、重版の際には修正を加えることとなります。国の”主題歌”である国歌を繙けば、各国の歴史や思想、文化、慣習を垣間見ることが出来ます。