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今後10年間の我が国の外交・安全保障の基本方針を示した「国家安全保障戦略」を始めとする安全保障関連三文書を、ご周知の通り政府は今月16日に閣議決定しました。まずもって、我が国の存亡を左右する可能性を秘めた大計であるにも関わらず、国会審議を十分に尽くすことなく閣議決定に持ち込む方途には、怒りを禁じ得ません。漸く公開されたこれら文書を精読してみましょう。

 

まずは総論となる「国家安全保障戦略」。「Ⅰ 策定の趣旨」、「Ⅱ 我が国の国益」、「Ⅲ 我が国の安全保障に関する基本的原則」については特段の破綻はなく、大枠においては納得出来る内容となっています。有識者と称される方々の多くが、「安全保障とは、防衛力の増強ではない」といった論陣を張っておられますが、これは正しい。しかしながら実際に同文書を仔細に読み解けば、「Ⅵ 我が国が優先する戦略的アプローチ」の「1 我が国の安全保障に関わる総合的に国力の主な要素」として第一に「外交力」が挙げられており、必ずしも「防衛力」を最優先事項に掲げているわけではないことがわかります。よって、「外交を蔑ろにして、”軍事大国化”を目指している」といった短絡的な批判は必ずしも的を射ているとは云えません。この点は冷静に押さえておく必要があります。

しかしながらその一方で、「我が国の安全保障に関する基本的な原則を維持しつつ」も「戦後の我が国の安全保障政策を実践面から大きく転換するものである」とも明記されています。”基本的な原則”が日本国憲法を指していることは云うまでもありませんが、今回の改定では「防衛力」が第二に、続く第三が「経済力」、第四が「技術力」、第五が「情報力」といった”序列”となっており、戦後我が国が国際的地位を築いた「経済」と「技術」よりも「防衛」が優先されている点が、看過出来ない国策の”大転換”となっています。

 

と云うのも「Ⅳ 我が国を取り巻く安全保障環境と我が国の安全保障上の課題」における「2 インド太平洋地域における安全保障環境と課題」の項辺りから、中華人民共和国ならびに朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ロシア連邦の軍備状況ならびに軍事戦略に関する分析が途端に精度を欠き始めます。こと軍事の分野においては機密情報が大半を占めるとは云え、もしも同文書の記述が日本政府の包み隠さぬスタンスであるとするならば、いかに我が国のインテリジェンスが脆弱であるかを国内外に知らしめることともなるでしょう。

ここでは詳細に触れませんが、「世界の歴史の転換期において、我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のただ中にある」といった抽象的な文言を繰り返すばかりで、まずもって中華人民共和国そして北朝鮮が軍事力の増強を図る究極の目的とは何なのか? といった基本認識が示されていません。「彼を知り己を知れば百戦へ殆うからず」ではありませんが、近隣諸国の本懐を知ってこそ、的を射た国益に沿った対応策は生まれるものです。

好むと好まざるに関わらず、日米安全保障体制を中核とする日米同盟が、我が国の外交・経済の基軸であることは言を俟ちません。しかしながら、こうした曖昧かつ日和見的な方策を繰り返しているようでは、伝統的に覇権主義的傾向の強い米民主党が2年後に政権から追われた場合、同・戦略半ばにして、頼りにする米国にさえ愛想を尽かされる可能性があります。

 

    今年1月27日付『東京新聞』紙面より。

 

私自身、多様なアジアの国々を訪れ、人々の声に耳を傾け、「日本は軍隊を保持していない。軍事行動には参加しない」といった明確な事実が、我が国に対する各国の信頼の礎となっていることを痛切に感じて来ました。このブログの『軍隊とは何だろう? 何かしら? その①』(2020年9月30日付) でも綴ったように、少なくとも現時点において自衛隊は「軍隊」ではない。日本国民よりも、周辺国の「軍隊」が何よりもそれを熟知しています。SNSに投稿する一般庶民ならばいざ知らず、一部マスメディアまでもが 「防衛力」を「軍事力」と記述するようなこの国の「軍事」に対する意識の低さ、地政学的知識の欠如が、逆に国民に要らぬ恐怖心を植え付ける一助となっていることも知っておくべきでしょう。

現在の日本は「戦前と瓜二つ」と、安易に論じる有識者も見受けられますが、これはまったくの誤りです。現在、我が国は「軍隊」を保有しておらず、「軍部」が国会を牛耳っているわけでもありません。何よりも「戦争放棄」を明記した日本国憲法を堅持している。これが、戦前の政治体制・環境との現実的かつ根本的な違いです。生半可な知識をひけらかす政治家や有識者に惑わされてはなりません。

 

卓越した「技術力」を駆使して製造した質の高い民生品を手頃な価格で販売することで勝ち得た「経済力」、そして国民の税金から成る政府開発援助 (ODA) によって、開発途上国に富を”還元”することで我が国は戦後、世界平和に貢献して来ました。それこそが、我々が戦後77年を費やして漸く手にした「安全保障」です。我が国は、他国とは異なり「外交力」でも「軍事力」でもなく、「経済力」によって、信頼を勝ち得て来た。この厳然たる事実をしっかと噛み締めることなくして、今回の”大転換”を読み解くことは出来ません。 (つづく)