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これまで何度も指摘して来たように「平和」を本気で論じ、構築しようとすれば、「軍事」に精通していなければなりません。自衛隊保持の可否を問うにせよ、その組織・装備・態勢を正確に理解してなければ議論にさえなりません。我が国における平和運動の脆弱さは、こうしたリアリズムの欠如に起因しています。今回の能登半島地震における自衛隊の初動についても、活動家紛いの一部マスメディアの人間のみならず、学者や国会議員までもが基礎知識さえ持ち合わせていなかったことに驚かされました。

 

海岸線に迫る山間部が大半を占める能登半島は、かねてから”陸の孤島”と称され、平時においても雪深い冬期にはロジスティクス (物流) が極めて困難な地域として知られていました。未曾有の大地震 (M7.6) により幹線道路である国道249号 (総延長約222キロ) に土砂崩れや法面崩落、道路陥没、路面沈下が生じたことで、緊急車両の通行が妨げられ、人命救助や支援物資の搬入に遅れが生じたことは周知の通りです。熊本地震の際の自衛隊の初動と比較する政治家もいましたが、果たして自ら情報収集・判断力の欠如を曝す結果ともなりました。

 

 

そもそも熊本市には、南九州全体を管轄する陸上自衛隊第8師団 (鎮西師団) の司令部があり、第12・43普通科連隊を始め第42即応機動連隊など約6,100人の隊員が常駐しています。他方、能登半島には陸上自衛隊金沢駐屯地の第14普通科連隊約1,200名しかいない。機動力の差は歴然です。石川県内には航空自衛隊小松基地はあるものの、震源地に近接していたことから滑走路の点検をしなければ離陸することも出来ませんでした。

 

こうした地理的条件を掌握していた自衛隊は、航空自衛隊千歳基地 (北海道) からF-15 戦闘機2機、新田原基地 (宮城県) からも同機を2機、築城基地 (福岡県) からはF-2 戦闘機 2機、また百里基地 (茨城県) からもU-125A 救難捜索機 1機の計7機を緊急発進させ (スクランブル)、地震発生から20分後には能登半島上空に到達させています。

陸上自衛隊も立川駐屯地 (東京都) に所属する UH-1J 多用途ヘリコプター (映像電送機) を、木更津駐屯地(千葉県) からは CH-47JA輸送ヘリ2機と LR-2 偵察連絡機1機、八尾駐屯地 (大阪府) と霞目駐屯地 (宮城県) からもそれぞれ UH-1J 1機を出動させています。

海上自衛隊からも同じく厚木航空基地 (神奈川県) に所属する P-1 哨戒機、舞鶴基地 (京都府) に所属するSH-60K 哨戒ヘリ、八戸航空基地 (青森県) 所属の P-3C 哨戒機が即座に能登半島の状況偵察へ向かっています。

 

このように陸海空自衛隊は、地震発生から1時間以内に12個部隊を災害対応における初動部隊 ”FAST-Force” と位置付け航空機を緊急発進させています。大規模な自然災害が発生した場合には、迅速かつ正確な情報収集が必要不可欠です。これは陸・海・空からの偵察が可能な自衛隊にしか成し得ません。彼らが持ち帰った現地データの分析に基づき自治体や警察、消防とも連携を取りながら人命救助、支援物資搬送プランを構築するわけですが、馳浩石川県知事からの災害派遣要請を受け、1日夜には早くも約1,000人の隊員が人命救助活動に着手しています。

翌2日午前に木原稔防衛大臣の命令を受けると同時に陸上自衛隊中部方面総監 (堀井泰蔵 陸将) をトップとする災統合任務部隊 (JTF) が編成され、陸海空自衛隊約1万人態勢で捜索救援救出作業や支援物資の輸送、道路の復旧作業、避難者の炊き出し等にあたりました。

6日からは、金沢港で物資を積み込んだ海上自衛隊輸送艦『おおすみ』が能登半島沖へ移動し、CH-47JA輸送ヘリを使って輪島市と珠洲市間をピストン輸送。12日には閉鎖されていた能登空港に航空自衛隊の C-130 輸送機が着陸し、支援物資の搬入と、2次避難所への被災者の輸送を加速させています。

 

 

初動に投入された隊員数に疑問を呈する声も聞かれました。確かに熊本地震の際には、発生から5日後には2万2,000人が派遣されています。一方、今回の地震では1週間以上が経過した9日の段階でも約6,300人(艦艇 9隻、航空機約40機) に留まっていました。

しかしながらこれも、実際に災害救助経験のない者の机上の空論に過ぎないことがわかります (この時点で自衛隊は、すでに411人を救助し、約37万7,100食の糧食と約25万8,900本の飲料水、毛布約1万2,200枚を被災地に搬入しています)。能登半島の場合、陸路のアクセスは南からの一方向しかなく、幹線道路である国道249号が寸断されていた以上、修復状況を睨みつつ人員を増強しなければ要らぬ渋滞あるいは二次災害を引き起こす虞がありました。

石川県による災害ボランティアの受け入れ・派遣が地震発生後26日も経った今月27日であったことからも、いかに救命活動やライフラインの復旧など応急業務に時間を要したかがわかります。単純比較で初動の規模を推し量ることは出来ないどころか百害あって一利なし。感情に駆られたデマは現地スタッフの士気にも悪影響を及ぼします。ストラテジーなくしてロジスティクスはあり得ません。

 

今回、完璧とまでは云えないまでも、自衛隊の初動体制は合格点であったと考えられます。「災害救助」と「武力を用いた自国防衛」は異なる、とは良く耳にする言説ですが、自衛隊は軍事目的で開発・製造された高性能な航空機や艦船、車両を、他のどの国よりも人命救助に”転用”し活用している”不可思議な”組織であることは、曲がりなりにも「軍事」を語るのであれば認識しておく必要があります。

“軍隊”ではない自衛隊は、自律型組織ではありません。日本国憲法下にある彼らを、”人命又は財産の保護する組織”として堅持し続けるのか、それとも” 人命又は財産を破壊する組織”に変質させるのかは、あくまでも私たちが選んだ文民 (政治家)、とりわけ最高の指揮監督権を有する内閣総理大臣の決断に委ねられていることを忘れてはなりません。

 

■ 写真は、「防衛省・自衛隊 (災害対策)」公式Xより。

 

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