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人という生き物は、「しきたり」と共に生きて来ました。過酷を極める自然界において、人類という種を植え付け、守り育てるためにそれは必要不可欠であり、個と個が信じ合う、繋がり合うことで初めて人は、この地球上に生存することを許されました。しかしながら、こうした「しきたり」はやがて形骸化し、特に生存率が飛躍的に向上した近代以降は、「常識」という名の「決めごと」に取って替わられ、その本来の意味が失われつつあります。

「本職? 人間だ。」と喝破した日本を代表するアーティスト 岡本太郎は、そうした「決めごと」と、人類が原初的に有する「生」に向けられた飽くなき熱情とを真っ向から衝突させることにより、単なる「破壊=後退」ではなく、生き物としての実存を明らかにし、燃え上がらせ、創生し、賛美して見せました。

 

先週末、東京都美術館 (東京・上野公園) において開催中の『展覧会 岡本太郎』を鑑賞させて頂きました。本展は、18歳でフランス共和国へ渡り、ヴァシリー・カンディンスキーやジョルジュ・バタイユらと交流を深めたパリ時代に始まり、「大衆の中の芸術」を目指し、数多くのパブリック・アートやプロダクト・デザインも手掛けた晩年に至るまで、岡本太郎のアート・ワークを隈無く網羅し、その全容を捉えようとする大規模かつ意欲的な回顧展となっています (来月28日まで)。

 

 

兵庫県・宝塚市で幼少期を過ごした私にとって、1970年(昭和45年) に大阪府・吹田市で開催された日本万国博覧会は殊の外、思い出深い国家プロジェクトとして記憶されています。朝礼で『世界の国からこんにちは』 (作詞 島田陽子 作曲 中村八大) を合唱し、同級生や家族と何度も足を運んだ万博会場では、目玉であったアメリカ館の「月の石」などには目もくれず (その後、米航空宇宙局 [NASA] を取材することになるとは思ってもいませんでした)、日本を含む 77カ国、4国際機関、1政庁、9州市のパビリオンを汗を掻きつつ走り回り (その後、世界 50カ国以上を訪れるとも、想像だにしていませんでした)、記念スタンプを集めることにのみ熱中していました。

そこには、いつも岡本太郎の分身とも云える「太陽の塔」がすっくと立ち、「若い夢」を胸に真っ黒に日焼けした短パン姿の少年に、黙って微笑を投げかけてくれていました。未だ、毛も生え揃っていなかった私は、このオブジェによって初めて「陰」と「陽」の存在を無意識に嗅ぎ取っていたように思います。以来、私がその作品と共に岡本太郎という人物に愛着を持ち続けて来たのは、彼の顔貌が40代の頃の父親とそっくりだったことにも起因しています。

 

『明日の神話』(ドローイング) 1967年 岡本太郎記念館所蔵

 

『明日の神話』(下絵) 1968年 川崎市岡本太郎美術館所蔵

 

今回の展示で、特に私が感動を覚えたのは、『明日の神話』の下絵とドローイング (1968年 川崎市岡本太郎美術館所蔵)と『燃える人』 (1955年 東京国立近代美術館所蔵) を同時に鑑賞出来たことでした。

原爆が炸裂する瞬間を描いた『明日の神話』は、岡本太郎の最高傑作とも云われています (出展されているのは残された4枚の下絵のうちの最もサイズが大きい4枚目。実物の壁画は現在、東京・渋谷駅構内に掲げられています)。人々が燃え上がり、溶け落ち、苦悶の表情を見せる。しかしながら彼は、そうした地獄から立ち上がる人類の力強さをも描き出しています。そこには、パリ留学時代に巨匠パブロ・ピカソの作品と相対し、「グンと一本の棒を呑み込まされたように」(『青春ピカソ』より) 金縛りとなり、滂沱の涙を流した彼の、『ゲルニカ』に対する嫉妬と対抗心が見て取れます。

また、『燃える人』は、1954年に起こった第五福竜丸事件に取材した作品のひとつで、画面右下の爆心地から立ち上るキノコ雲と、蛇の如くのたうち回りながら燃え上がる人間の姿がモチーフとなっています。もう一点は、同じく第五福竜丸事件をベースとした『死の灰』(1955年 岡本太郎記念館所蔵)。”死の灰”そのものは描かれていませんが、不気味な黒い帯が核爆発によって放出された放射線の恐怖を暗示しています。

 

『燃える人』(ドローイング) 1955年 岡本太郎記念館所蔵

 

『燃える人』1955年 東京国立近代美術館所蔵

 

アーティスト岡本太郎は、単に原爆による凄惨な「被害」を克明に描写することを良しとはしませんでした。「加害」を責めるだけでは何ら解決に繋がらないことも知っていた。彼は、グラウンド・ゼロから必死の想いで立ち上がった人々の力強さ、美しさも表現することを忘れませんでした。”社会派アーティスト”などといった偏狭な「決まりごと」を軽々と跳び超えた『明日の神話』によって表現された「人間讃歌」には、人という生き物が生まれながらに纏ったどうしようもない「悪」に対して、ありったけの「善」で闘いを挑む貴き人々の壮大なドラマが描かれています。私が、彼の作品に惹かれる理由も、そこにあります。

岡本太郎と、戯れる。彼の作品と対峙することは、あなたというひとりの人類が内包する生命力、原始の姿と向き合うことでもあります。

 

『死の灰』1955年 岡本太郎記念館所蔵

 

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