ジョー・バイデン大統領は SNSで米大統領選挙戦からの撤退を表明し、米民主党の後継候補としてカマラ・ハリス副大統領を支持することを明らかにしました。曰く、「我が国そして党にとっても、最良の選択である」と (It is in the best interest of my party and the country)。
同党は来月19日から開催される全国大会へ向けて (イリノイ州シカゴ)、15日までにはオンライン形式によるロールコール (州ごとの票数読み上げ) を行い、党候補の正式指名を行う見通しですが、果たしてハリス副大統領は指名を獲得出来るのか? 11月5日に予定されている米大統領選挙でドナルド・トランプ前大統領を打ち負かすことは出来るのでしょうか?
結論から云えば、ハリス副大統領が対抗馬では、破竹の勢いで支持を集めるトランプ前大統領に勝利を収めるどころか、党内をまとめることさえ難しいと謂わざるを得ません (名前が取り沙汰されている他の民主党議員は、失礼ながら”泡沫候補”に過ぎず、求心力はまったくありません)。まずは、彼女が4年前に副大統領に選ばれた経緯を振り返ってみましょう。
2020年 (令和2年) の大統領選挙でも、すでにバイデン大統領の高齢問題が取り沙汰されており、民主党の劣勢が伝えられていました。このブログでも綴ったように私も、ミシェル・オバマ氏が満を持して出馬しなければトランプ大統領の再選阻止は不可能とし、共和党の勝利を予測していました。
こうした状況を打破する”切り札”として白羽の矢を立てられたのがハリス元・上院議員でした。スタンフォード大学で経済学を教えていたジャマイカ出身の父と、インドのタミル民族の血を引く生物学者である母との間に生まれた彼女は、名門ハワード大学を卒業すると法曹界に身を投じます。10年 (平成22年) にはカリフォルニア州司法長官に選出され、2期8年務めた後、16年 (同28年) にアフリカ系米国人女性としては史上2人目となる上院議員に選ばれています。
それまで輝かしいキャリアを積み上げて来ていた彼女でしたが、周囲の期待を裏切ったのは前回の大統領選予備選挙に立候補しながらも、12月3日の段階で早くも撤退。選挙スタッフにとっても寝耳に水の決断であったため、指導力とその人望に大きな疑問符が付きました。
それでも反トランプの声、特にZ世代の「トランプ以外であれば誰でもいい」といった消極的なニーズに応える形で民主社会主義者 (Democratic Socialist) を自認するバーニー・サンダース上院議員が一定の支持を集めていたことから、彼の掲げる”ポリティカル・レボルーション”の担い手として、彼女が副大統領に抜擢されました。
当時、左派急進派のハリス上院議員が副大統領の座に就くことに、私は大変な危機感を抱きました。世界恐慌を克服すべくフランクリン・ルーズベルト大統領がニューディール政策を強行した1930年代ならまだしも、現在の米国の政治・経済・社会風土に社会主義はそぐわない。まずもって民主党の本流である中道派が離反する。万が一にもバイデン大統領が任期中に何らかの理由で退陣し、彼女が大統領に就任した場合には、米国はかつてない深刻な「分断」に陥るだろうと。
「ジェンダー」であるとか「人種」といった属性は、選挙戦には効力を発揮しますが、政務ともなれば話は別です。彼女は、地方議員や知事、市長といった実務経験は皆無でした。
こうした党内事情を踏まえ、バイデン大統領はハリス副大統領には比較的スポットライトが当たらない職務を与えます。ところがホンジュラス共和国、グアテマラ共和国、エルサルバドル共和国といった国々からメキシコ合衆国との南部国境に膨大な難民が押し寄せていた際、米NBCテレビの『NBC Nightly News』に出演した彼女は、「国境の視察に訪れる気はあるのか?」と問われ、責任者であるにも関わらず「私は、欧州にも行っていない」と発言し、擁護派の信頼も一気に失いました。その後は文字通り、閑職に押しやられることとなります。
ハリス副大統領は、22年 (令和4年) に連邦最高裁判所が約半世紀前の司法判断を覆し、人工妊娠中絶は憲法で認められた権利との判決を下したことを受け、元・検察官として性犯罪事件を扱って来たキャリアを活かし権利擁護の旗振り役として知名度を高めました。しかしながら、副大統領といった要職に就きながら、これといった実績がないことは否めません。
ハリス副大統領の短所は、その政治信条のみならず連邦政府の専任事項である軍事、外交についてはまったくの素人と云っても良い点です。また、日本のマスメディアは、相も変わらず民主党と共和党とのせめぎ合いを政治的分断として捉えていますが、実際は経済格差によって生じた社会的分断が米国のアキレス腱となっています。
一般的にリベラルと見做されている民主党ですが (米国史に精通していれば必ずしもそうではないことは明々白々です)、今世紀に入り自由放任主義 ( レッセフェール: laissez-faire)を尊ぶIT長者たち、一握りの富裕層から莫大な政治献金を受けていることは周知の事実です。
一方で、共和党は製造分野において中華人民共和国を始めとする他国との競争に破れ、中南米諸国からの移民たちに職を奪われている低所得者層を主な票田としています。ペンシルベニア州やミシガン州、ウィスコンシン州といった激戦区において、進歩的な彼女が労働組合やブルーワーカーの有権者たちから支持を得ることは至難の業でしょう。
バイデン大統領の選挙陣営は昨日、ハリス副大統領を大統領候補とする届け出を連邦選挙委員会 (FEC)に提出しました。これによって陣営が集めた6月だけでも総額1億2700万ドル (約204億円) にも上る膨大な政治献金はハリス副大統領に引き継がれることとなります。
これに対して代替候補は公正かつオープンなプロセスを経て選ばれるべきだといった声も聞かれますが、全国大会まで残り僅かとなった今では、新たな資金調達は事実上不可能であるため、消去法によってハリス副大統領の党指名で一本化されるものと思われます。
前代未聞のドタバタ劇で大統領選に敗退し、下院のみならず上院でも議席数を減らすことにでもなれば民主党は、党の存続に関わる「分断」に見舞われることでしょう。同党は今、シンボルであるロバ = ジャッカス (間抜け: Jackass) に身を堕とすかどうかの瀬戸際に立っています。