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1914年8月15日、パナマ運河完成後、初めて正式に通航した米客船/貨物船『アンコン』。

 

ドナルド・トランプ米大統領の”威嚇外交”、パワープレイが止まりません。各国に対して遠慮会釈なく、まずは満願の「10」を提示する。常識ではあり得ないレベルの要求に驚愕し、震撼した相手国から譲歩を引き出し、最終的には「6」か「5」で矛を収める。トランプ大統領とて端っから「10」で話がまとまるとは思っていません。期待してさえいないでしょうが、これがトランプ流の「力による平和外交」の正体です。

 

下品極まりない手法ですが世界を見渡せば、さほど珍しいディール (取り引き) ではありません。中東のスークや東アジアの市場を訪れた経験を持つ読者であればおわかりになる通り、売り手はまず「1,000ドル」などといった途方もない金額をふっかけて来ます。そこで「おいおい。それはないんちゃう? 300ドルでどないだ?」とこちらも強気に云ってみる。真面目な日本人は、まず以て言い値に吃驚仰天し、交渉もせずに店を出てしまいますが、ディールの醍醐味はこれからです。

「旦那、冗談は顔だけにして下さいよ。ならば800ドルでどうですか?」と値引きして来ます。ここで敢えて迷った素振りを見せ、「遠慮しとくわ」と店を出る”フリ”をする。すると「しょうがねぇな、出血サービスの600ドルだ!」の声が背後から追いかけて来るでしょう。それでもめげることなく店を後にし、10分後に戻ってみれば、「旦那には負けたわ。500ドルで持ってけ泥棒っ!」となります。

それで険悪な雰囲気になるかと云えば寧ろその逆で、お互いいいやり取り (コミュニケーション) が出来たと満足げに握手を交わすこととなる。「ならば、最初から500ドルと云えばいいじゃないか!」と腹を立てるのは素人で、こういう堅物に限って葱を背負って来る。まんまと「1,000ドル」で買わされてしまいます。

 

トランプ大統領の肩を持つつもりはまったくありませんが、彼の突拍子もない言い分には意外に的を射ている部分もあります。例えばパナマ運河を巡るディールです。トランプ大統領はパナマ運河庁 (ACP) が運河を通航する船舶に請求する料金を「ぼったくり」と罵り、「法外な通航料を是正しなければ全面返還を要求する」とこれまたとんでもない内政干渉を”ふっかけて”います。

この事案を理解するためには歴史的背景を知る必要があります。そもそも太平洋と大西洋の縁海であるカリブ海を結ぶ閘門式運河であるパナマ運河は (全長82キロ)、米国が1914年 (大正3年) に3億ドル以上もの資金を投入して開通させています (当時は、運河地帯の施政権と運河の管理権は米国に帰属し、運河収入は米国の政治介入によってコロンビア共和国領から独立したパナマ共和国に帰属していました)。

戦後、軍事クーデターによって反米民族主義者のオマル・トリホス国軍最高司令官が権力を握ったことで運河の返還協議が始まり、77年 (昭和52年) にジミー・カーター米大統領が新パナマ運河条約を締結(Tratado del Canal de Panamá)。79年からはパナマ共和国がパナマ運河を管轄し、2000年 (平成12年) 以降は管理・運営および防衛の責務も完全に移行しています。とここまでは、中南米諸国の自主独立と評価することも出来るでしょう。ところが運河の管理権が同国に移って以来、通航料は年々高騰を繰り返すようになりました。

 

米国を始め環太平洋に位置する国々にとってのパナマ運河の重要性を示した地図。

 

スエズ運河を非営利の公共事業体とすべく1888年 (明治21年) に発効したコンスタンチノープル条約に則りパナマ運河も、1903年 (明治36年) に規定された旧・パナマ運河条約では「通航料、その他通航および付随的サービス料は、国際法の原則に基づき、正当、合理的かつ適正なものとする」と定められていました。

そのため、通航料は非常に低く抑えられていましたが2000年以降、ACPは年3.5%の値上げを20年間継続すると発表。今や客船やコンテナ船の一回あたりの通航料は約1.5億円となり (戦艦については別料金)、03年に6.6億ドル/年だった通航料収入が19年には57.2億ドル (約8兆7000億円) にまで跳ね上がっています。さらには”渋滞”によって数週間待たされるケースも少なくないため、当然のことながらこれらロジスティクスに要するコストは販売価格に上乗せされ、結果的に消費者の負担となっています。

トランプ大統領は、新パナマ運河条約の第Ⅴ条に明記された「運河の安全な通航が脅かされた場合、米国は運河の通航再開、運営回復のための軍事力の行使を含め、パナマ政府の事前の同意なしに、一方的に無制限の権限を行使出来る」といった条件、さらには第Ⅲ条に規定された「運河が経済的に競争力を失えば、米国はパナマ政府に代わって運河の管理・運営を引き受けることが出来る」を盾にパナマ共和国に対して圧力をかけているわけです。

よって近年、パナマ地峡における影響力を強めつつある中華人民共和国以外の船主や海運関係者は事実、今回のトランプ大統領の”強権発動”に拍手喝采しています (同国政府も中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」からの離脱を早々と表明し、米国との妥協点を探り始めています)。

トランプ大統領の”暴言パフォーマンス”に惑わされることなく、”ブラフ”は話半分と見極め、いかに国益を守るべく有利なディールへと導いて行くか。各国政府のビジネスライクな、寧ろ”街場的”な交渉力が今、試されていると云って良いでしょう。