スティーブ・ウィトコフ中東担当特使
本日、第47代米大統領に就任するドナルド・トランプ氏による米国の”世界の警察官” (Global Policeman) からの撤退戦略が着々と進められています。先週15日、仲介国カタール国のムハマンド・サーニ首相兼外相は、イスラエル国とパレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスは一時的な停戦に合意したと発表。昨日午後6時15分 (現地時間) を以て、双方は昨年11月24日〜12月1日の休戦以来となる42日間の停戦に入りました。
このブログでも度々指摘して来ましたが、ジョー・バイデン政権の外交戦略の稚拙さには目に余るものがありました (https://japanews.co.jp/concrete5/index.php/Masazumi-Yugari-Official-Blog/2023/2023-11/戦-は-財-と-知-を抜きにしては語れない)。特にトランプ氏が米大統領選に勝利して以降、レイムダック状態にあった同政権とまともに交渉する国家は皆無であったと云えるでしょう。
今回の一時的停戦にしてもアントニー・リプケン前国務長官の功績というわけではなく、我が国のマスメディアは殆ど取り上げていませんでしたが、トランプ大統領によって中東担当特使に任命されたスティーブ・ウィトコフ氏の”暗躍”が功を奏したと云って良いでしょう (今月11日にも正式な”特使”ではないにも関わらずベンヤミン・ネタニヤフ首相とエルサレムで会談)。
ニューヨーク州ブロンクス生まれのユダヤ系米国人実業家ウィトコフ氏は、不動産弁護士としてキャリアをスタートさせ、やがて不動産投資・開発事業に転身。1997年 (平成9年) にはウィトコフ・グループを設立し、億万長者の仲間入りを果たします。
2020年 (平成32年)、第一次トランプ政権時には同・大統領が起ち上げた”グレート・アメリカン・リバイバル・インダストリー・グループ”の一員としてサイモン・プロパティ・グループやブラックストーンといった大手不動産投資会社と共に新型コロナウィルスの感染拡大によって疲弊した米経済の不動産部門の建て直しに奔走。同業のライバルとしてウィトコフ氏は、トランプ大統領に一目置かれた存在であったことがわかります。
それまで政治経験がなかったトランプ大統領は、第一次政権時代には政治信条が近しいと思われた新保守主義者 (Neoconservatism) を多数登用しましたが、彼らの無能ぶりに辟易し、政権中枢から一掃。新政権では実業界から優れた人材を積極的に選抜しています。トランプ大統領は、臆面もなくビジネス・セクターの法則を政治に採り入れた初の米大統領として記憶されることでしょう。
「殲滅」の二文字が脳裏を過ります。こちらはパレスチナ自治区ガザの南端 エジプト・アラブ共和国との国境に位置するラファ在住のモハメド・アラジャさんが投稿された同市の空中写真です。イスラエル国防軍のガザへの軍事侵攻以前と現在のラファの様子を俯瞰から比較した貴重な一枚。こうした執拗かつ入念、熾烈な攻撃に、有史以来続くパレスチナ人とイスラエル人の確執、憎悪の根深さを見て取ることが出来ます。
トランプ大統領がネタニヤフ首相に対してどのような提案、または”密約”を持ちかけたかは定かではありませんが、これまで強硬路線を堅持して来た右派政党「ユダヤの力」のイタマル・ベン=グヴィル国家安全保障相や極右の宗教政党「宗教シオニズム」を率いるベザレル・スモトリッチ財務相をも黙らせるほどの強烈な一撃を食らわせたことだけは確かです。
しかしながら今回の一時的停戦が恒久的な停戦 (終戦) に繋がる保障はどこにもありません。停戦は順守されるのか。協議は進展するのか。また、孤立主義を鮮明に打ち出す第二次トランプ政権は中東和平の実現へ向けて、いかなる手を打って来るのか。「自民党をぶっ壊す!」ならぬ「共和党をぶっ壊す!」、無党派層の台頭を背景に二大政党制の解体をももくろむ新大統領の登場により、米国の外交戦略にも想定外の変化がもたらされることでしょう。
パレスチナ保健省の発表によれば、今月17日段階での死者数は4万6876人。但し、同省は確認された遺体のみを集計しており、この数字には医療崩壊や食料不足による死者や未だ瓦礫の下に埋まっている行方不明者は含まれていません (公衆衛生分野で高い評価を得ているロンドン大学衛生熱帯医学大学院は昨年10月段階で、7万人を超えるガザの住民が死亡したと推定しています)。
争いのない世を夢見続けた彼らの死に報いる道はどこにあるのか。これ以上の殺戮を押し留める方策は何なのか。米国の”都合”で戦争が引き起こされ、終わらされたと、米国を叩いていれば事足りた時代はすでに終焉を迎えつつあります。
それは取りも直さず、地域紛争は各国・各人の自己責任によって解決せざるを得ない混迷期の到来を意味します。我々には、時代の転換期においても怯むことなく、恒久平和の松明を掲げ続ける勇気と胆力がこれまで以上に求められています。