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「偽善」とは何か。人間というものは、どこまで行っても自らの体験からしか物事を捉えられない、語れない。いくら知識を身につけ、先人や他者の経験から学ぼうとも、大方の凡人の思考や感覚は、結局のところ自らの経験則からしか導き出せません。「偽善者」なるレッテルは、詰まるところ「経験もしていないことを語るな、身の丈に合わないことをするな」と声高に叫ぶことで、自らの限界に果敢に挑戦しようとする”ちむぐくる” (真心、真っ直ぐな心の有り様) ある者たちの足を引っ張る妬み、嫉みの映し鏡とも云えるでしょう。

 

昨年、沖縄県の「慰霊の日」に営まれた「沖縄全戦没者追悼式」において自作の「平和の詩」、『みるく世(ゆ)の謳(うた)』を朗読された当時宮古市立西辺中学校2年生だった上原美春さんは、その後、ネット上で「偽善者だ」、「おまえが戦争に行けばいい」、「おまえが死んでしまえばいい」などといった心ない誹謗中傷を浴びせられたと云います。

 

この国の民は、いつから”品格”を失ってしまったのでしょうか。「偽善者」と聞く度に私は、長年にわたり被災地支援や福祉活動に真摯に取り組んで来られた歌手で俳優の杉良太郎さんの言葉を思い出します。彼は、ちょうど私が世界最貧国の烙印を押されていたベトナム社会主義共和国に足繁く通っていた当時、33年前から莫大な私財を投じては日本語学校や養護施設、盲学校の運営を人知れずサポートし、152人にも上る戦争孤児の里親にもなって来られました。

その頃から「偽善者」と罵られ続けていた杉さんは東日本大震災後、被災地で炊き出しをしていた際にリポーターから「それってやっぱり売名ですか?」と問われ、即座に「もちろん売名だよ。売名に決まってるじゃないか」と応じたと云います。外務省の高官に冷笑されても、「もちろん売名です。でも、ひとつ付け加えていいですか。私は今まで、これだけのことをやって来ました。あなた、私がやって来たこと全部やってから、もういっぺん同じ質問をしてくれますか」と、見事な啖呵を切っていらっしゃいます(『BuzzFeeD』2020年1月1日)。

 

 

みるく世(ゆ)の謳(うた)』は、昨年6月25日付のこのブログでも紹介させて頂きましたが、ここに今一度、再録させて頂きます。この詩のどこが「偽善」だと云うのでしょうか。この絞り出すような言葉のひとつ、ひとつが「嘘」だと云うのであれば、あなたの振りかざす「正義」そのものが「偽善」でしかない。他人を、そして自らを貶めることでしか自己表現出来ない心貧しき者には、決して救いの手が差し伸べられることはありません。

 

みるく世(ゆ)の謳(うた)

 

12歳。

初めて命の芽吹きを見た。

生まれたばかりの姪は

小さな胸を上下させ

手足を一生懸命に動かし

瞳に湖を閉じ込めて

「おなかすいたよ」

「オムツを替えて」と

力一杯、声の限りに訴える

大きな泣き声をそっと抱き寄せられる今日は、

平和だと思う。

赤ちゃんの泣き声を

愛おしく思える今日は

穏やかであると思う。

その可愛らしい重みを胸に抱き、

6月の蒼天を仰いだ時

一面の青を分断するセスナにのって

私の思いは

76年の時を超えていく

この空はきっと覚えている

母の子守唄が空襲警報に消された出来事を

灯されたばかりの命が消されていく瞬間を

吹き抜けるこの風は覚えている

うちなーぐちを取り上げられた沖縄を

自らに混じった鉄の匂いを

踏みしめるこの土は覚えている

まだ幼さの残る手に、銃を握らされた少年がいた事を

おかえりを聞くことなく散った父の最後の叫びを

私は知っている

礎(いしじ)を撫でる皺の手が

何度も拭ってきた涙

あなたは知っている

あれは現実だったこと

煌びやかなサンゴ礁の底に

深く沈められつつある

悲しみが存在することを

凜と立つガジュマルが言う

忘れるな、本当にあったのだ

暗くしめった壕の中が

憎しみで満たされた日が

本当にあったのだ

漆黒の空

屍を避けて逃げた日が

本当にあったのだ

血色の海

いくつもの生きるべき命の

大きな鼓動が

岩を打つ波にかき消され

万歳と投げ打たれた日が

本当にあったのだと

6月を彩る月桃(げっとう)が揺蕩(たゆた)う

忘れないで、犠牲になっていい命など

あって良かったはずがない事を

忘れないで、壊すのは、簡単だという事を

もろく、危うく、だからこそ守るべき

この暮らしを

忘れないで

誰もが平和を祈っていた事を

どうか忘れないで

生きることの喜び

あなたは生かされているのよと

いま摩文仁(まぶに)の丘に立ち

私は歌いたい

澄んだ酸素を肺いっぱいにとりこみ

今日生きている喜びを震える声帯に感じて

決意の声高らかに

みるく世(ゆ)ぬなうらば世(ゆ)や直(なう)れ

平和な世界は私たちがつくるのだ

共に立つあなたに

感じて欲しい

滾る血潮に流れる先人の想(おも)い

共に立つあなたと

歌いたい

蒼穹へ響く癒しの歌

そよぐ島風にのせて

歌いたい

平和な未来へ届く魂の歌

私たちは忘れないこと

あの日の出来事を伝え続けること

繰り返さないこと

命の限り生きること

決意の歌を

歌いたい

いま摩文仁の丘に立ち

あの真太陽(まてぃだ)まで届けと祈る

みるく世ぬなうらば世や直れ

平和な世がやってくる

この世はきっと良くなっていくと

繋がれ続けてきたバトン

素晴らしい未来へと

信じ手渡されたバトン

生きとし生けるすべての尊い命のバトン

今、私たちの中にある

暗黒の過去を溶かすことなく

あの過ちに再び身を投じることなく

繋ぎ続けたい

みるく世を創るのはここにいるわたし達だ

 

暴言の数々によって心が折れそうになった13歳の上原美春さんでしたが、今年も勇気を振り絞って沖縄県平和祈念資料館の「児童・平和のメッセージ」中学校の部に応募し、詩部門で優秀賞を見事に受賞。先月23日に催された市全戦没者追悼式・平和祈念式典において『Unarmed』(非武装)と題された作品をしっかと朗読されました。劣等感から発せられる醜い言葉が束になって襲いかかろうとも、美しき言葉の前にはすかしっ屁にも悖るノイズでしかありません。

 

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