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79年前のこの日を境に人類は、禁断の領域に足を踏み入れました。

私たちは今一度、1945年 (昭和20年) 8月6日午前8時15分に立ち返り、

「戦争」とは何か、「平和」とは何かを自ら問い直し、考え、行動しなければなりません。

 

  「我が国を取り巻く安全保障環境の変化」などといった大言壮語に惑わされることなく、

「戦争前夜」といった悪しき観念論にも耳を傾けることなく、自らの目と耳、そして足で

事実を探り当て、真実へと歩み寄る。

堂々巡りの議論に明け暮れ、小さなコップの中で批判を繰り返せる悠長な時間は、最早、

私たちには残されていません。被爆者に甘えていられた時代はとうの昔に過ぎ去りました。

今こそ、広島もんとしてのプライドを胸に全国へ、世界へ、漕ぎ出す刻。

 

広島平和記念資料館前に立つ『嵐の中の母子像』 (設計者 本郷新)

 

  “広島のこころ”とは何かを知るよすがとして、今からちょうど75年前の8月6日に、

浜井信三広島市長によって高らかに宣された『平和宣言』をここに再録します 

(この日公布された広島平和記念都市建設法にも言及されています)。

広島もんはかつて、斯くの如く勇敢で、気高く、そして美しかった。

 

 

4年前のきょうは、われわれの父祖の都市が一瞬にして

暗黒の巷と化し、10数万の市民がその尊い命を捨てた日である。

しかしこの戦災は戦争による人類破滅の危険を示唆するとともに、

戦争のために傾注せられた人間の努力と創意をもってすれば、

世界平和の建設が決して不可能でないことを確信せしめた。

この教訓にもとづき真剣に平和への道を追求することこそ

世界人類に対する最大の貢献であり、地下に眠る市民の

犠牲の意義あらしめる最善の道でなければならない。

いまやわれら広島市民の過去の小さな努力は

漸く世界の人々の共感を呼び、8月6日を世界平和日に指定し

広島を世界平和センターたらしめようとする運動が広く全世界に展開せられ、

また永遠に戦争を防止する強力な世界組織樹立運動が

漸次拡大されつつあることは実に欣快にたえない。

 

さきに日本国会を満場一致で通過した広島平和都市法も

本日付けをもって公布実施せられる。

われら広島市民はここに四たび平和式典を営み

再び第二の広島が地上に現出しないよう誠心こめて祈念するとともに、

世界各地の平和愛好者と相提携して原子力時代をして

恒久平和と新たなる人間文化創造の輝かしい時代たらしめるべく

献身せんことを誓うものである。

 

この地上より戦争と戦争の恐怖と罪悪とを一掃して真実の平和を確立しよう、

永遠に戦争を放棄し世界平和の理念を地上に建設しよう。

 

戦災4周年を迎えわれらはかくの如く宣言する。

 

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