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老朽化に伴い広島市中央図書館は、移転もしくは再建せざるを得ない事態に直面しています。これを受けて市が、広島駅前の商業施設「エールエールA館」への移転を打ち出したことから地元では、ネガティブな声が噴出しています。

しかしながら視点を変えれば、これは市民の”知の拠点”が約半世紀振りにリニューアルされるといった千載一遇のチャンスでもあるわけです。この機会を活かし、他都市とは異なる”広島市ならでは”の公共図書館とはどうあるべきか。前向きに捉え、「わしらの自慢の図書館じゃ」と胸を張れるような再建案を、市民自ら創り出すべきでしょう。

「結果」のみならず、その「過程」で皆がアイデアを出し合う、議論を重ねる、親睦を深める。こうした世代や性別、居住エリアを超えたコミュニケーションの積み重ねが後々、必ずや地域のコミュニティ・センターたる新・公共図書館の礎となります。

 

   このブログで再三にわたり綴って来たように、世界的にみて広島市にしかないコンテンツは何かと云えば「平和」。これしかありません。戦時における初の原爆投下を経験し、その非人道性を訴え、恒久平和を希求する「広島のこころ」を見事なまでに明文化した『広島平和記念都市建設法』に掲げられた「国際平和文化都市」というスローガン。

広島の戦後を築いたこうしたアイデンティティを、公共図書館において体現し得る最良のアウトプットとは何か。それは、すでにこの連載の⑤(今年2月2日付)で提案させて頂いた「被爆・核兵器関連資料アーカイヴス」(被爆アーカイヴス)の創設に他なりません。被爆アーカイヴスは、その質と量から云って、例え資金が潤沢にあろうとも、意識が高かろうがニューヨークやベルリン、東京でも決して創ることは出来ません。”広島市だからこそ出来る”人類の未来への貢献、唯一無二の”知の宝庫”となります。

そこで今回は、一歩進んだ活用策について私案を綴ってみたいと思います。被爆アーカイヴス創設に至るフローは、大まかに云えば下記のプロセスを踏むこととなります。

 

     1) 関連資料の整理・分類・アーカイヴス化

広島市中央図書館のみならず広島市公文書館や広島平和記念資料館、広島大学図書館、平和団体など、被爆関連資料を所蔵する各施設・団体で並行して進めて頂きます。この段階で相当数のアーキビストを新たに雇用する必要が生じます。

     2) 所蔵文献資料の英文化

世界中の人々に幅広く利用して頂くためには、英語への翻訳は必要最低条件となります。下訳を請け負う市民や学生を募り、核関連事情に精通したプロの翻訳者が統括する翻訳チームを複数起ち上げ、英文資料を作成して行きます。これまで被爆の実相が、対外的にあまり知られて来なかった理由のひとつが英文資料の少なさ、所蔵施設の分散にあります。

     3) デジタル・アーカイヴスの起ち上げ

所蔵資料のデジタル化を各施設・団体共通のフォーマット、アプリケーションで順次行います。可能であれば、ひとつのサーバーにすべてのデータを格納することが理想ですが、このプロセスまでに人件費や設備投資、管理費用など、少なく見積もっても20〜30億円程度の費用が発生します。

     4) ポータルサイトの設営

各施設・団体がストレージしたデータへ、ワンストップでアクセス出来るポータルサイトを立ち上げます。いわゆる情報へのゲートウェイ(入口)ですが、これは関連資料の意味合いから云って、県や市の縦割り行政の垣根を超え、新・中央図書館内に置くのが適切かと考えます。

 

   これでひとまずインフラは整備されました。国内のみならず世界中から貴重な被爆・核兵器関連資料へダイレクトにアクセスする”道筋”が作られました。さて、問題はこれからです。

 

   公共図書館は、云うまでもなく誰もが無料で自由に利用出来ることが大前提となっています。よって、どこの図書館でも収益を上げることは難しく、運営管理に要する費用は地方公共団体からの委託費や寄付・会費に頼らざるを得ない状況にあります。広島市のみならず、地方経済の縮小に伴う税収減により、地方公共団体ではこうした公共サービスをいの一番に削減する傾向にあります。

   ならば、正当かつ有意義な方法で利益を上げれば良いわけです。中央図書館のみならず各区図書館やこども図書館、まんが図書館も、公益財団法人 広島市文化財団が指定管理者となっているため(所管課は市民局生涯学習課)、継続的に施設を運営するために「利益を追求すること」は法的に可能です。

 

   そこで被爆アーカイヴスです。これだけ貴重なデータベースです。全世界の、特に学術研究者やマスコミ関係者はこぞってアクセスして来るでしょう。ならば、課金制にすれば良い。例えば、高等教育機関であれば50万円/年で無制限に利用出来るアクセス権を”販売”する。一大学組織あたりでこの価格ならば極めて良心的と云えるでしょう。少なくとも500カ所前後の世界各国の大学、シンクタンク、大手マスメディアはすぐさま契約して来るはずです。すると被爆アーカイヴスは、年間2〜3億円程度の収益を上げることが出来る。尚且つ、良質なクライアントが増えれば、ポータルサイトにバナー広告を出稿したいといった企業も出て来ることは容易に想像されるため、一定の条件下で広告掲載を許可することも考えられます。

 

    被爆・核兵器関連資料を”商品化”することを良しとしない、といった考え方も当然あるでしょう。心情的には十分に理解出来ます。ただ、膨大な資料の仕分け・保存作業には、気が遠くなるほどのエネルギーと時間、そして費用を要します。これまでは、ごく少数の市職員や司書、平和団体職員らがボランティアベースでこつこつと整理・分類して来たわけですが、これでは後10年、20年経ってもアーカイヴスと呼べるほど充実したデータベースを構築することはまずもって不可能でしょう。また、これら資料は平和研究・教育に幅広く活用されてこそ存在価値があります。

   ここは、広島県・市が連携して予算を組み、効率的かつ戦略的なデータベースを構築すべきと考えます。初期投資はかなりの額に達することが予想されますが、上記のような収益構造を組み込むことが出来れば、独立採算ベースで運営・管理することも可能となります。

 

こうしたわかりやすい「窓口」がなかったがために、これまでに無数の文献資料・証言記録が人知れず廃棄されて来ました。今、この時にも、被爆者の方々が残した”遺書”とも云える大切な資料は、ひっそりと姿を消し続けています。「被爆者なき時代」を目前に控えた今こそ広島は、空理空論ではなく”広島ならでは”の有体物を適切に収集・保全しなければならない。その責務を負っています。手遅れとなる前に。

 

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