軍隊というものは、「矛」と「盾」の双方が備わっていなければ機能しません (詳細は2020年9月30日付のブログをご一読下さい。https://japanews.co.jp/concrete5/index.php/Masazumi-Yugari-Official-Blog/2020/2020-9/軍隊とは何だろう-何かしら-その)。
これは兵器についても云えることで、戦闘能力のみならず防御能力も高くなければ使いものにならない。先進国においては、当然のことながら兵士の生命維持が優先されます。ちなみに米軍の戦死者に対する弔慰金は約10万ドル (約1580万円) で、これに加えて最大で退役軍人年金の55%にあたる遺族年金 (SBP) が毎月支払われます。また、退役軍人の医療費は過去20年間で2.2兆ドル (約330兆円) にも上っています。さらには、例えば最新鋭の戦闘爆撃機F-35 ライトニングⅡの価格は1機あたり9,460万ドル (約106億円) もするため、簡単に撃墜されるようではお話になりません。
意外に知られていませんが軍事の世界も今、大きな転換期を迎えています。地対空、空対空の主戦力は云うまでもなくミサイルです。そもそもはナチス・ドイツが開発した巡航ミサイルの元祖とされるV1 飛行爆弾と、弾道ミサイルの嚆矢とされる V2ロケットからその歴史は始まっています。
遠方にある攻撃対象を的確に捉えるべく1980年代に入りミサイルの飛翔方向などをコントロールする誘導制御装置が開発され、ミサイル技術は飛躍的な進化を遂げました。この誘導方式には、攻撃目標から信号を得て追尾する電波ホーミング誘導や、外部の射撃指揮装置の指令に従って情報処理を行う指令誘導などがあります。
内容が専門的になるため本稿では詳細は控えますが、いずれにせよテクノロジーの進化によって命中精度が格段に向上したため、こうしたミサイルから「防御」する技術革新も必要不可欠となりました。こうして誕生したのがステルス技術です。
米国ではすでに50年代にレーダーに照射されにくい戦闘機の研究が始まっていましたが (レインボー計画)、本格的に搭載された機種は米空軍が67年 (昭和42年) に実戦投入した SR-71 ブラックバードでした (高音速・高高度 戦略偵察機)。機体全体にフェライト系と称される鉄粉を混ぜた黒い塗料が塗られ、レーダー電波を乱反射させることで ”ステルス = stealth” 「忍び」効果が生まれ、ベトナム戦争における偵察ミッションに投入されました。
戦略偵察機 SR-71 ブラックバード
これら「誘導制御技術 = 戦闘能力」と「ステルス技術 = 防御能力」はその後、ITの進化と相まって急速に高度化しましたがここに来て、文字通りの「矛盾」にぶち当たっています。
と云うのも、ステルス性を高めるため戦闘機は、レーダー波を反射する類の装備品は胴体内のウェポンベイ (爆弾倉) に収納する仕様となっています (ミサイル最大4発収納)。しかしながらウェポンベイの容量には云うまでもなく限界があります。もちろん機外に設けられた7ヶ所のハードポイントにパイロン (支柱) を装着し、空対空ミサイルAIM-120や空対艦ミサイルJSMを搭載することは可能ですが、こうすればステルス性は大きく損なわれます。
一方、従来の戦闘機、例えばF-16 ファイティング・ファルコンを例に取れば主翼先端部や主翼下6ヶ所のハードポイントにAIM-120 AMRAAMやAIM-9といった空対空ミサイルを搭載出来るだけではなく、クラスター爆弾やレーザー誘導爆弾も難なく搭載可能です。スクランブル (緊急発進) やドッグファイトにも即応出来ますが、前述のF-35 ライトニングⅡの場合は、ミサイルを装着するパイロン自体がステルス仕様となっているため、少しでもキズが付けばレーダー波を反射してしまうことから整備には細心の注意が求められます。
よってF-35 ライトニングⅡは「偵察」なのか「攻撃」なのか、そのミッションによって装備を変更しなければなりません。先進的なセンサーシステムと高度に体系化されたネットワークを備え、任務対応能力は幅広い機種ですが、オールマイティというわけにはいかない。つまり「盾」を強化した結果、「矛」を制限せざるを得なくなり、結果的に攻撃力を低下せざるを得ない、といった泣くに泣けない状況に直面しています。まさに中国古典『韓非子』に登場する逸話「矛盾」そのものです。
こうした「矛盾」を解消すべく各国が競って開発を進めているのが自爆突入型ドローン (徘徊型兵器) です。ただ、価格はF-35 ライトニングⅡの約4分の1と安く抑えられるものの、航続距離や積載量は遙かに劣っているため限定された地域紛争にしか使用出来ず、当面は有人戦闘機の優位が揺るぐことはありません。
戦闘爆撃機 F-35 ライトニングⅡ
航空自衛隊は、F-4の後継機として”第5世代機” F-35 ライトニングⅡを主力戦闘機として導入し、現時点で38機を保有しています (昨年11月時点では青森県の航空自衛隊三沢基地にのみ配備されています)。最終的には、通常の滑走路を使用して離発着するF-35Aを105機、短距離離陸・発艦ならびに垂直着陸・着艦が可能なF-35Bを42機、計147機を配備する予定となっています。
上記の通り同機は、ミッションによって戦闘能力か防衛能力のいずれかを優先する必要に迫られますが、“専守防衛”を旨とする自衛隊にとっては寧ろ好都合な機種とも云えます。そもそも自衛隊の”武装”はこれまで「攻撃」は念頭に置いておらず、「哨戒」に適した仕様が成されて来ました。よって、ミッションを防衛目的に限定することにより、迎撃はさて置き「攻撃」は困難、といった”方便”を引き続き同盟国に対して行える”余地”があります。尤も、それもこれも政治家が「狐七化け、狸は八化け」を巧妙に演じられるかどうかにかかっていますが…。